番号継続制を前に「オトク」プランでつなぎとめ。でも、朝三暮四の手品が隠れている。
2006年10月号 BUSINESS
10月24日、携帯電話の利用者が番号を変えずに別の携帯会社の端末に乗り換えられる番号継続制(ナンバー・ポータビリティー、MNP)がスタートする。「転出」の手数料は横並びの2100円となったが、携帯各社は何としても自社ユーザーをつなぎとめようと、あの手この手を繰り出している。ユニークな機能を搭載した新機種を続々登場させているほか、新しい料金プランに切り替えてガードを固めているのだ。
だが、この各社のプラン、麗々しく「長期契約者への料金優遇」や「家族契約時の基本料金大幅割引」などとCMで盛んに謳っているものの、一番肝心の「料金単価」はどうだろう。本当に値下げし、利益を利用者に還元しているのだろうか。
中国の「荘子」の故事をご存じだろうか。宋の猿回しが、飼い猿に「トチの実を朝に三つ、暮れに四つやる」と言うと、猿が少ないと怒りだした。そこで「朝に四つ、暮れに三つやる」と言うと喜んだという。
携帯シェア首位のNTTドコモも、「朝三暮四」と同じ手品を使っているのではないか。番号継続制に備えて昨年11月から導入した「新料金プラン」を見よう。これは「こんなにオトクなのはドコモだけ」でおなじみのキャラクター「ドコモダケ」のほうが通りがいいかもしれない。
昨年1月に初登場したときは父母に子供1人だけの「核家族」だったが、徐々に新キャラクターも登場して今は祖父母に子供3人の「3世代家族」へと進化している。そのほほえましい人形アニメに、誰もが頬をゆるませる。それが曲者なのだ。
携帯の料金ほど複雑怪奇なものはない。あれこれパンフレットを見ても、安いのか高いのか、一目でわかる人はどれだけいるのだろう。
複雑な料金体系が面倒くさくなって、つい「新プランなら当然値下げだろう」と思い込むという算段だ。実態はどうか。実に巧妙な「アメとムチ」が用意されているのだ。
まずは「アメ」。ドコモダケがもっともアピールするのは、長期契約者を優遇する「新いちねん割引」だろう。10年以上使ってくれる人には基本料金が25%も値引かれ、家族優遇の「ファミリー割引」を併用すれば最大50%の値引きとなる。
第3世代携帯FOMAも、旧料金プランでは基本料金が6982円以上のコースでしか選べなかった「パケ・ホーダイ(パケット通信定額制)」が、一番安い料金プランでも選べるようになった。テレビや雑誌、新聞、インターネットに溢れる広告では、ここらあたりが特筆大書されている。
しかし「ムチ」もちゃんとある。「アメ」で大盤振る舞いした減収分をしっかり取り戻そうとしているのだ。
FOMAの場合で、新料金を旧料金と比較してみよう(グラフ参照)。一般的な「タイプM」を旧料金と比較すると、基本料金こそ52円安くなっているが、基本料金内で適用される無料通話時間は、月に最大225分から最大142分へと大幅に短くなった。
タイプMの30秒あたりの料金単価は、旧料金より約0.5円安くなったが、実際の支払額で新料金が旧料金より安くなるには毎月40時間以上通話をしなければならない。要するに、これは実質値上げではないか。
これだけが「ムチ」なのではない。新料金プランでは「わかりにくかったプランをシンプルにしました」という名目で、通話料金単価が完全に一本化された。
だが従来は携帯電話にかけるより割安だった固定電話にかける場合の料金や深夜割引、土日祝日の終日割引もこれにあわせていつのまにか廃止されている。
廃止された割引を新旧で比較すると、多くのケースで通話料金単価まで値上げされていることがわかる(表参照)。いちばん基本料金が安い「タイプSS」で固定電話にかけると旧プランより9割も高く、実に2倍近い値上げとなっているのだ。
鷹揚な利用者が「固定電話はともかく、土日祝日は携帯で通話することが少ないから問題ない」と思うなら、それは錯覚と申し上げたい。土日祝日は年間110日以上もある。平日昼だけで比較すれば安くなった気がしても、休日割引が廃止されたら1年間の3割を占める日で大幅な値上げとなっているのだ。
巧みに錯覚に乗じたこの手品。ドコモにはよほどの知恵者がいるらしい。ドコモダケの目くらましに気づかず、番号継続制にも動じない忠実な利用者が愚かなのか――。
ドコモの決算発表では、新料金プランの結果、「ARPU(1契約当たりの月間平均収入)の減少はあった」ものの、新規契約者の獲得と解約率の低下で減収をカバーしたと強調している。しかし、目を凝らすと、ドコモダケの手品の狙いが浮き彫りになる。要は「新規契約者から多く取り立て、その分を長期利用者に還元する」ことで、値下げを装いつつ「行って来い」にするという構図なのだ。携帯電話はすでに広く普及しているから、もう新参の増加を期待するより「どうやって既存客を逃がさないか」という守りの姿勢に入らざるをえないのだろう。
ドコモは巨額投資でFOMAを推進したものの、パケット単価の値下がりや定額制のおかげで「第3世代が増えれば増えるほど業績は伸びない」というジレンマに陥っている。オランダのKPNなどの海外投資にも失敗し、頼みの綱の「おサイフケータイ」も利益が出るにはもう数年かかる。となれば、世界的に見て割高な携帯料金を、そう簡単に下げるわけにはいかないのだ。
だが、利用者からのしっぺ返しは免れない。高止まりしたままの携帯通話料金は、結果的に割安な携帯メールの普及につながり、MOU(月間平均通話時間)は、長期低落傾向という結果を生んでいるのだ。
あなただって急ぎでなければ、電話をかけるより、携帯メールを選ぶでしょう? 実は利用者は5年前より20%近くも携帯で電話をかける時間が減っているのだ。
かくて、ドコモダケの新料金プランは、「端末を持っているのに、なるべく電話は使わないほうがオトク」という世にも奇妙な習慣を強いている。だが、朝三暮四の手品が見破られたとき、ドコモは番号継続制の負け組にならないのだろうか。