あなたはテレビをいつ買い替える? 地上アナログ放送停止のタイムリミットは前倒しか。
2006年10月号 BUSINESS
「地上デジタル放送完全移行まであと5年! カウントダウンセレモニー」――霞が関の総務省が入る合同庁舎1階でそんな華やかなイベントが、7月24日に開かれた。
民放の女性アナウンサーたちに囲まれた竹中平蔵総務相が「完全デジタル放送移行へのカウントダウンがまさに今日始まる」と宣言。銀座・数寄屋橋交差点に面したビルで、壁面を飾る「カウントダウンボード」が除幕されたことは記憶に新しい。
その日、ボードに表示されたのは「あと1826日」。この日数は法律上定められた地上アナログ放送の完全停止(停波)日「2011年7月24日」から逆算したものである。ボードを見上げて一般の消費者は考えるだろう。ああ、このカウントがゼロになるまでに、デジタル放送対応機器を買っておけばいいんだな、と。
実はさにあらず。「前倒し」の可能性が浮上しているのだ。
といっても、停波日が変更されるという意味ではない。問題は「11年7月24日に全国一斉に停波するのは技術的に困難」ということ。つまり、停波日はピンポイントではなく、最終期限日以前から順次段階を踏んで停波していく計画が規定路線のひとつとして存在するという。このため、地域によっては11年7月以前にテレビを買い替えなければならないところが出てくるのだ。
総務省情報通信政策局地上放送課によると、具体的な段取りは「まだ決まっていない」と前置きした上で「(11年7月24日に)一斉停波するというのは誤解です」と認めた。「あくまで、現行のアナログ放送のチャンネル使用期限が11年7月24日までということ。どのように終了していくのかは、放送事業者の対応や準備状況、端末の普及を見ながら検討していくことになります」。
タイムリミットまでまだ日があると油断をしていたら、ある日、不意打ちのようにアナログ用テレビが映らなくなった……というのは視聴者にとって悪夢だろう。わが町わが村がいつ停波になるかは、いったいいつ発表されるのか。
総務省「放送事業者からの聞き取りなどが残されており、(停波方法の決定には)時間がかかる。具体的なアクションは、11年7月24日以前のどこかの時点からとなるでしょうが、遅くとも2010年までには工程表のイメージは必要でしょうね」
それにしても「あと○○日」キャンペーンは、停波日がピンポイントでない以上、誤解を招くのでは?
総務省「いまは『あと5年』と国民に認知してもらうことが大切ですから……」
同省担当課はいささか歯切れが悪いのだが、国民からの個別問い合わせ窓口である「総務省地デジコールセンター」に同様の質問を投げかけると「11年7月24日以前にアナログ放送を終了することはございません」とやけに断定的。カウントダウンが「あと1日」になるまでは、テレビを買い替えなくてもいいということですね、と念押しすると「問題ありません」と言い切った。
地上デジタル放送完全移行は、97年に設置された「地上デジタル放送懇談会」で検討が開始され、01年の電波法一部改正によって正式に「国策」として成立した。03年に東京・中京・近畿の3大広域圏で放送が開始され、その後、北陸の一部地域や東北、静岡などへと順次エリアを拡大し、今年中には全都道府県でスタートすることになっている。
総務省をはじめ関係各者の動きはこれまで、主に「アナログと同等の視聴可能エリア確保」、つまり放送事業者の設備整備に目が向けられてきた。日本民間放送連盟(民放連)が03年、設備投資費を「8千億円以上」(全民放局合計)と見積もり、負担が重いからとしきりに「公共投資の必要性」を訴えているが、支援対象はいずれも放送事業者だけだ。テレビの買い替えを迫られる一般の消費者はカヤの外に置かれてきた。
その消費者に「テレビ買い替え」を促す周知活動が本格化したのは、ようやく昨年になってから。カウントダウン・イベントにも出席した「地デジ推進大使」こと、在京各局の女子アナ6人が出演するTVスポット広告、11年以降は使えなくなるアナログ受信機へのステッカー(「2011年、アナログテレビ放送終了」の文字)貼り付けなど、タイムリミットまで6年を切ったところで急に動き出した。
先のイベント以降は人気アイドルグループ「SMAP」の草彅剛を起用した広報活動を開始。また、TVスポットをはじめとする各種PRツール上で「総務省地デジコールセンター」(0570―07―0101)を大写しにするなど、個別の問い合わせにも力を入れ始めている。
こうした一連の動きの中で、あたかも“不動”のごとき指針は「2011年7月24日に完全移行」。でも、停波日が必ずしも“不動”でないことは、アメリカの例を見ればよく分かる。日本より5年以上も早くデジタル放送を開始し、当初は06年内のアナログ放送終了をめざしたのに、昨年12月に計画を09年2月まで後倒しすることが決定した。オーストラリアや台湾などでも停波計画の後倒しが予測されている。
総務省によれば「段階的停波」といっても、地域ごとや中継局ごとなど、いろいろな方式がありうるという。イギリスでは「08年から地域ごとにアナログ放送を中止し、12年までに完全デジタル以降」という方針が発表された(昨年12月)。
イタリアでも、地中海の離島やフランス国境に面する一部地域を先に停波することを公表しているほか、州ごとに放送施策の異なるドイツでも段階的停波採用が決定的だ。
停波によって私有物のテレビを無用の箱にしてしまい、強制的に買い替えさせる問題を国家として放置しておいていいのか――欧州各国やアメリカでは、それに疑念を呈する傾向がある。貧富の差が大きいアメリカは、最大で総額15億ドルの視聴者向け補助金に上下院が合意し、イタリアやドイツでもチューナー支給や補助金制度が採用された。
日本の消費者は懐具合がいいのか鷹揚なのか、補助金など問題にもならず、「買い替えは当然」といった風潮になっている。停波の段取り公表すら不透明なまま、「11年7月24日」のタイムリミットだけが独り歩きしているのだ。そこにつけこむ詐欺師たちが現れた。
昨年末から各地の家庭のポストにNHKの名をかたって「デジタル放送接続料金請求書」が舞い込むようになった。うろ覚えで「11年7月24日」を記憶しているお年寄りは、架空請求書とも知らず振り込んでしまう。これが「オレオレ詐欺」に代わる新手の振り込め詐欺――「地デジ詐欺」の手口なのだ。
「あと○○日」のお題目を唱えるばかりでなく、どの地域が何日にどうアナログ放送を停波するのか、一日も早く公表しないと、詐欺に泣く被害者は増えるばかりだ。