日興による買収に証券監視委がメス。時系列のメモを入手して追跡してみると……。
2006年12月号 DEEP
コールセンター大手「ベルシステム24」(以下ベル24)が、日興コーディアルグループ系の投資会社、NPIホールディングス(NPIH)を割当先として、1042億円の増資を決議したのは2004年(平成16年)7月のことであった。
この第三者割当増資によってベル24の親会社である情報サービス大手「CSK」(現在のCSKホールディングス)の持ち株比率は39.2%から19%へと下がり、筆頭株主の地位を失った。ベル24はまんまとCSKグループからの離脱に成功、日興コーディアルもこの増資で得た資金でコールセンター会社BBコール(ソフトバンクBBの100%子会社)を買収できたのだ。
「こんなことが許されるのであれば日本の資本主義はいったいどうなってしまうのか」
ベル24の社外取締役であり、筆頭株主でありながら、蚊帳の外に置かれていたCSKの青園雅紘会長(現・取締役会議長)は当時、記者会見で怒りをあらわにした。CSKが泣き、日興コーディアルとソフトバンクが笑うこの種の増資がまかり通るなら、株主のあずかり知らぬところで増資が行われ、それが認められ、株主利益より経営者の利益が優先されることになるからだ。
増資差し止めを求めてCSKは東京地裁に仮処分を申し立てたが、CSK側の主張は認められず、東京高裁もCSKの抗告を棄却した。
まさに経済界を揺さぶる「ベル24の乱」であった。それからおよそ2年。この「乱」に金融当局のメスが入ろうとしている。
最大の疑問は、証券取引が本業である日興コーディアルがなぜ1400億円強もの償却負担が発生するベル24の完全子会社化を行ったかである。日興コーディアルはこの買収の過程で440億円の評価益を出し、その一部を有価証券売却益として取り込んでいたのだ。
ところが、実際に株式取得を行ったのは、日興コーディアルの100%子会社「日興プリンシパル・インベストメンツ」(NPI)の100%子会社NPIH――つまり日興コーディアルの孫会社だったのだ。
孫会社でも100%子会社なら本体の連結対象になるのが普通だが、日興コーディアルは05年度3月期決算でNPIHを連結子会社にしていない。実はNPIHはSPC(特別目的会社)なのだ。不動産の流動化などに道を開くために設けられたSPCは、一定の要件を満たせば非連結化も可能とされているため、その仕組みを利用したのである。
ここに疑惑が生じる。日興コーディアルは決算にあたって巨額の評価益を取り込むために、連結対象外にした孫会社にベル24を買収させたのではないか――。
今年2月、参議院財政金融委員会で質問に立った峰崎直樹議員(民主党)は、日興コーディアルの会計処理を「ライブドアより悪質ではないのか」と当時の与謝野馨・経済財政金融担当相に詰め寄った。
峰崎議員が指摘するように、ライブドアは投資事業組合を利用して自社株の売却益を利益に取り込み、これが粉飾決算にあたるとして、証券取引等監視委員会(日本版SEC)は東京地検に告発している。が、それより巨額のベル24買収の際にSPCを使った日興コーディアルグループもよく似た構図ではないのか。
現に、第三者割当増資を受ける際に行ったとされるベル24の粉飾疑惑とインサイダー(内部者)取引疑惑が、ここへきて証券監視委の焦点として急浮上しているのだ。
「日興コーディアルグループの会計処理については明らかに粉飾の疑いがあるのだが、修正申告を行っていることなどがあり、金融当局の行政処分で収束する方向となった」
東京地検特捜部の関係者はこう漏らす。しかし、そうした疑惑を抱えながら、なぜベル24はCSKから離脱を図ったのか。CSK側の弁護団は、ベル24の第三者割当の本質をこう整理している。
①巨額のキャッシュフロー赤字が継続しているソフトバンクが、新規事業を開始するため、少しでも多くの資金を調達したかった。
②抗告人(CSK)から出された株主提案(取締役選任議案)によって代表権を失う園山(征夫)社長、取締役としての地位を失う横山(義彦)取締役らの、当該株主提案を否決するために少しでも多くの増資をして抗告人の議決比率を低めたいという思惑がたまたま合致した。
③高額の投資先を見つけて取扱高ランキングの上位を狙い、かつ高額の取引仲介料等を目的としたNPIが、ソフトバンクへの与信リスクは抗告人の資産によって担保できると判断して被抗告人の第三者割当増資を引き受けることに同意して成立した。
CSKの弁護団がこう主張するのも、第三者割当増資で調達した資金でBBコールの全株式を500億円で買収、同社の貸付金188億円を引き継ぎ、さらにはBBコールが予定していた設備投資に必要な資金592億円もベル24が貸し付けの形で提供するなど「ソフトバンク一人勝ちの第三者割当増資」と思えるような内容だったからだ。
100億円近い赤字に苦しんでいたBBコールが一夜にして500億円規模の会社になったわけだから、まさにマジック。ソフトバンクとこの案件でアドバイザーを務めた米系投資銀行、ゴールドマン・サックス証券(GS)は、当初からベル24に狙いをつけていたと思われる。
ベル24の役員が残したクロノロジー(日付順の箇条書きメモ)がある。「04年6月以前」「04年6月以降」との二つに分かれ、後者はこんなメモ書きで始まる(〔〕は編集部の注)。
日付 6月18日
場所 GS
出席者 当社園山社長 GS持田 〔昌典〕氏他
内容 SBB〔ソフトバンクBB〕 側より当社に対して提携の打診あり
持田GS社長から直々に伝えられたソフトバンクの意向を受けて、3日後にはベル24幹部の鳩首会談が持たれる。
日付 6月21日
場所 BELL〔ベル24本社〕
出席者 当社園山社長 栃木、猪嶋〔ともに当時の役員〕
内容 SBBからの打診に関する内部検討資料の策定の指示
この2日後には場所をNPIHに移して、ベル24側の複数の役員、顧問弁護士などを交えて「NPIと森、濱田の両弁護士による当社の法務デューディリジェンス〔資産査定〕に関するヒアリング」が行われる。
ソフトバンク側の提案を受けて1週間足らずでベル24側は提案をのむ意思を明確にし、準備に走り始める。提携準備の会合は断続的かつ精力的に開かれ、手元にあるクロノロジーによれば、ベル24、ソフトバンクの共同記者会見が行われる前日までに63回も行われた。
このクロノロジーは、ソフトバンクとGSの濃厚な関与を物語っている。ベル24の疑惑に当局のメスが入れば、携帯電話の番号継続制(MNP)で世間を騒がせたソフトバンクの“素顔”が、再び明るみに出そうだ。