「NHK不払い」の尻尾つかむカード

デジタルなら放送暗号化は簡単。「トロイの木馬」のように解除キーはすでに家庭に潜り込んでいる。

2007年1月号 BUSINESS

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「払わざるもの××べからず」。伏字部分に「食う」を入れると、近ごろ話題の学校給食費未払い問題が思い浮かぶ。そして「見る」を入れると、一連の不祥事以来、不払い問題に頭を悩ませてきたNHK問題を連想するのではなかろうか。

 NHKは11月末、都内の放送受信料不払い33件(すべて世帯)に対する支払い督促を東京簡易裁判所に申し立てた。2006年1月発表の「3カ年計画」に盛り込まれた「不払い者への法的手段」が、いよいよ実行に移されたのだ。

 相次ぐ不祥事で視聴者の不興を買い、NHKの屋台骨をゆるがせた受信料の支払い拒否・留保の件数は、ピーク時よりはやや減少したとはいえ、06年11月末現在でなお103万8千件ある。督促を受けるのはそのほんの一部に過ぎないが、それでも“威嚇効果”が期待されている(すでに2世帯が支払った)。

 でも、表に出る不払い対策は「とにかく払ってくれ」の一点ばり。国民生活に大きな影響を与える電気・ガス・水道は、不払い者にすぐ供給停止を実行するのに、NHKは不思議とその方向には話が進まない。

 現状では受信料支払いを法的に強制執行できないとすれば、不払い理由の多くに「見ていないから」が含まれるNHKの場合、さっさと「見せなくする」処置をとればよさそうなものだ。なのに、法的手段で手順を踏み「払ってください。いい番組を作りますから」と腰を低くして理解を求めるのはなぜか。

 ゆめゆめ油断してはいけない。海老沢勝二前会長が辞任して以来、すっかり卑屈になり「国営放送」に先祖返りしているNHKだが、橋本元一会長らの低姿勢の裏を疑わないわけにはいかない。技術的にいえば「払わない人に見せない」ことは可能なのだ。タイミングと条件さえあえば、NHKはいつでも「見せない」を選択することができる。

11年7月から暗号化可能

 結論から言うと、2011年7月24日以降であれば、NHKの放送スクランブル(暗号)化の技術的要件はそろうことになる。

 仕組みは単純。この日をもってアナログ放送は全国すべてデジタル放送に切り替わる。そのデジタル波を暗号化し、料金を払っていると認識された端末にだけ、暗号を解除するキーを与えればすむ。BSデジタル放送の民放系有料局(WOWOW、スター・チャンネルBS)やCSのスカイパーフェクTV!が、すでにスクランブル化を採用しているからお馴染みである。

 問題はどのように「支払っている」受信者を特定して、暗号解除のキーを渡すか。WOWOWやスカパーは「CAS(Conditional Access System 限定受信方式)カード」と呼ばれる契約者情報基板を受信機に差し込み、その内容をデジタル信号が読み込むことで「見せる/見せない」を判断している。仮にWOWOWと視聴契約を結んでいたとしても、このCASカードを受信機に装填していなければ映像・音声を視聴できない。

 NHKが放送波にスクランブルをかける場合も、このCASカードの存在が不可欠となる。端末ごとに与えられるカードIDと、支払い者・不払い者の状況を結びつけることができれば、たやすく限定受信が実現できるわけだ。NHKは現状、端末ごとの視聴者情報について「管理も把握もしていない」としているが、ポイントは別のところにある。

 スクランブル化の鍵を握るCASカードが、いつのまにか家庭に潜りこんでいるのだ。「B‐CASカード」として。B‐CASカードはNHKやBS放送局各社、東芝、松下など受像機メーカーやNTT東日本が共同出資するB‐CAS社が発行しているもので、本来は民放系有料放送の契約者だけ「差し込み必須」だった。ところが、知らぬ間に「無料放送も必須」になったのだ。

 きっかけは04年からBSデジタル放送にコピー制御信号が付加されたこと。デジタル放送にはダビングを繰り返しても映像・音声が劣化しないという特徴があるため、このコピー制御信号によって「海賊版頻発による権利侵害を未然に防ぐ」というのがお題目。その方針は、地上デジタル放送にも受け継がれている。

独禁法違反?のB‐CAS

 問題は採用された制御方法。コピー制御信号とともにすべてのデジタル放送信号を暗号化し、それをB‐CASカードによって解除。その上で一度きりのコピーが認められることを受信機側が理解し、海賊版製造を防止する仕組みだ。つまり、B‐CASカードが装填されていない受信機は、暗号そのものを解除することができず、複数回のコピーどころか、映像・音声を視聴することすらできないようになったのだ。

「権利者保護」という一見通りのいい目的に隠れて、全デジタル受信端末へのB‐CASカード装填という一大プロジェクトは密かに完了した。今ではデジタル受像機を買えば、必ずB‐CASカードが同梱され、常時差し込んでおかないと使えない。カードの包装を破った時点で「使用許諾契約に同意したとみなす」と一方的で、しかもカードはB‐CASに帰属し、受像機を廃棄するときは返却しろと居丈高だ。

 B‐CAS社に取材を試みたが、会社の電話番号さえ公開していない「秘密主義」企業で「お答えする気はない」と剣もほろろ。出資者のNHKとスクランブル化の相談か交渉があったかと聞いても「ない」。

 総務省情報通信審議会の中間答申に寄せられたパブリックコメントで「一民間企業のカードが全受像機に必須装備とは独禁法違反」「数百万件の個人情報を管理しながら、決算情報も社員数も公開せず、プライバシーマークさえない」と批判されていることなど、どこ吹く風だ。国会で政治家に質問してもらおうか。

 では、NHKは――。

「限られた人だけが見られるようにするスクランブル有料放送は、全国どこでも放送を分け隔てなく視聴できるようにする、という公共放送の意義や受信料制度の存在理念に深く関わります。NHKは現在行っている放送そのものにスクランブルをかけるような選択は避けるべきと考えています」(広報局)

 優等生の回答である。が、将来展開になると含みを残す。

「メディア状況の変化を踏まえながら、視聴者のみなさまにとって最も有益な公共放送のあり方とは何かという視点から、幅広く検討すべきものと考えます」(同)

 否定はしていない。菅義偉総務相以下、しきりとNHK改革を叫ぶ監督官庁の総務省の見解は――。

「過去に国会答弁などで議題に挙がったことはありましたが、現状、公共放送の性格上(スクランブルは)かけない方がよいと考えています」(放送政策課)

 だが、「通信・放送の在り方に関する懇談会」(竹中懇)の最終報告では明記されていない。この総務省の沈黙も不気味である。

 全国の100万余の確信犯的不払い者よ、もう外堀は埋められてしまったのかも――。

   

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