核開発凍結へ草木も靡く「対朝宥和」。米韓のイニシアチブで、安倍外交のバランスシートは?
2007年8月号
DEEP
特別寄稿 : by ジョン・スウェンソン=ライト博士(ケンブリッジ大学講師)
北朝鮮の核開発問題は、遅延と失望続きだったその果てに、やっと動き出したようだ。東アジアの安全保障にとって喫緊のこの難題に、実現可能な解決を得ようと国際社会は匍匐(ほふく)前進中である。
今年2月に北京で開かれた第5回6カ国協議では、北朝鮮の核兵器計画の凍結から最後は廃棄に至る野心的かつ詳細な合意(2・13合意)がなされた。ところが、マカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)の口座に凍結された北朝鮮資金2500万ドルの行方をめぐって齟齬が生じ、袋小路に入り込んだ。結局、米財務省が凍結解除を承認し、6月25日に資金返還の手順(ロシアの銀行経由)を具体的に整えたことで、ようやく最大の障害が取り除かれた。
6月末には外交上いくつかの突破口があった。じれったいほど緩慢だが、長い目で見れば、成功の希望を抱かせるものである。まず6月21日、クリストファー・ヒル米国務次官補がソウルから直接平壌入りし、北朝鮮政府との協議に臨んだ――米政府高官の訪朝は2002年10月のジェームズ・ケリー国務次官補(当時)以来5年ぶりである。ヒル訪朝は象徴的な意味のみならず、おそらく実質的にも重要な一里塚である。
BDA問題が落着した26日には、寧辺の50メガワット級原子炉の停止 ・封印手順を具体化するため、IAEA(国際原子力機関)の査察団が平壌に派遣された。それを受けて7月9日にIAEA理事会は、核関連施設の確実かつ厳密な封印の監視・検証手順を承認している。
こうした状況の好転で、年内にコンドリーザ・ライス国務長官が北朝鮮を訪問する可能性さえも(未確認情報ながら)取り沙汰されている。
周辺国も前進の兆しがある。韓国政府は6月30日、2.13合意のキーになるパッケージである重油5万トン支援の開始と、1年間停止していた40万トンのコメ支援再開の方針を発表した。盧武鉉大統領は対朝コミットメント政策(太陽政策)を積極的に継続するとしている。
北朝鮮側は、BDAの送金問題さえ解決すれば、2.13合意を実行すると匂わせながら、こうした(米韓の)イニシアチブを受け入れているかに見える。
7月4日、北朝鮮の国連代表部次席大使だった韓成烈(ハンソンニヨル)・軍縮平和研究所代理所長がロンドンのチャタムハウス(英王立国際問題研究所)で行った講演は、前向きのトーンだった。北朝鮮は核不拡散をめざしており、(北朝鮮と関連国)双方にとって有益な解決方法を追求するためにも、信頼と安心の重要性を第一に考えると強調していた。
そして、北朝鮮が密かに進めているとされる高濃縮ウラン(HEU)プログラム。02年10月に米朝関係を急激に悪化させた対立点だが、ジョゼフ・デトラーニ米国家情報局北朝鮮担当官が今年2月、米政府は計画の実在性について「半信半疑」(mid-confidence)と述べた――これは情報の重大なグレードダウンである。プルトニウム関連施設に集中するため、HEUに焦点をあてる気がブッシュ政権内で薄れた徴候だろう。
日朝関係は拉致問題が依然、危うい逆鱗のままで、北朝鮮は多国間協議から日本を外せとおおっぴらに主張している。しかし、拉致問題で日本が本当に孤立するという危機感が極東(とりわけ韓国)にはある。
現下の日本の外交オプションは限られている。ただ、日本の政策形成を熟知する人々は、外務省と官邸にはよく練られた外交政策があり、拉致問題を広い文脈の上に置くべきだとの認識が醸成されていると見る。希望があるとすれば、拉致問題を余さず検証するプロセスを開始すべきだと、金正日総書記を説得する十分な理由づけがあることだ。日本の通信社報道によれば、行き詰まり打開のため金総書記は拉致問題の再検証を非公式に指示したという。
必ずしも即効を期待できないにしても、日朝間の対話と交渉の枠組みを築く一助にはなる。モデルは、ベトナム戦争や朝鮮戦争の行方不明(MIA)米兵捜索のため米国がベトナムや北朝鮮と行った折衝だろう。拉致問題でも似たようなパイプができれば、前進の端緒になる。
このように前向きの兆しはいくつかあるが、包括的解決には、不確実性とハードルが立ちはだかっている。
北朝鮮軍部は、核クラブの一員になるという国家の威信とともに、もっとも価値の高い戦略資産を放棄する用意があるのだろうか。5月下旬以降、3回行われた短距離ミサイル発射試験は、(6カ国協議の)譲歩に反対して軍部が圧力をかけ始めたことの表れなのだろうか。
また、2.13合意が履行された場合、北朝鮮政府はどれだけ本物の改革に踏み切り、(政治と経済とを問わず)グローバル社会への統合を進める気なのだろうか。金正日総書記の上海訪問や、非武装地帯北側の開城(ケソン)経済特区の開発継続は、平壌に経済改革を進める意志があることを示唆している。しかし労働市場の自由化を提唱した朴奉珠首相が今年解任されたことは、改革後退のサインかもしれない。北朝鮮の経済改革に懐疑的なワシントン政界は、北の尻込みに手を差し伸べたりはしない。
現に6月21日、米下院では国連開発計画(UNDP)向け補助金2千万ドルをキャンセルする予算修正案が通過した。北朝鮮の生産能力向上や職業訓練を推進するための補助金で、このキャンセルは米政権の意図について平壌に後ろ向きの混乱したメッセージを与えたかもしれない。
結局、長期で見て前進になるかどうかは、国際社会が北東アジア和平に向けてどれだけ団結するかにかかっている。6月下旬、世界各国から100人ほどの政府関係者や有識者が集まって「済州島平和フォーラム」が開かれた。採択した「済州島宣言」では、冷戦下で東西の緊張緩和をもたらしたOSCE(欧州安保協力機関)と、その起点になった75年ヘルシンキ首脳会議の教訓に学び、北東アジアへの応用を提唱している。
学ぶべきは、雨だれが石を穿つようなイニシアチブは、国家主権や独立に敬意を払えば、長い目で見て実りある結果が得られるということだ。そうしたイニシアチブはしばしば中小国が握る。アジアでは韓国が適しているのではないだろうか。北東アジア版OSCEの事務局を設立する場所にも適している。
7月末までに6カ国協議が再開される見通しだが、その後は8月2日にマニラで開かれるASEAN(東南アジア諸国連合)地域フォーラム(ARF)の際、6カ国外相が協議するだろう。また7月中には米中韓朝の4カ国代表が北京に集まり、53年以来「休戦」状態の朝鮮戦争について和平条約締結へ事前協議を行う可能性も出てきた。
長期的な平和の進化は、究極的には北朝鮮社会に改革を求めることになる。北朝鮮のエリート層にも、西側や韓国のメディア(とりわけ音楽やテレビドラマ)を通じて、外国の文化が浸透し始めていることが確認されている。環境さえ整えば、北朝鮮と西側の間で対話や往来が可能になるチャンスがくる。大胆で想像力に富んだ指導者ならば、この好機を逃さないだろう。