2007年9月号
GLOBAL [グローバル・インサイド]
by ゴードン・トーマス
英国の対外諜報機関MI6は、亡命先のロンドンで反プーチンのキャンペーンを張るロシア系ユダヤ人富豪ボリス・ベレゾフスキーの暗殺計画を、6~7月の2カ月間に2度、未然に食い止めることに成功した。
暗殺計画は6月21日、ロンドンで元KGB要員とみられるロシア人ヒットマンが逮捕されたことで明るみに出た。ロンドン中心部パークレーンにあるヒルトン・ホテルの寝室でベレゾフスキーを殺害する計画だったという。ヒットマンは旅行客を装い、ヒースロー空港からホテルへの移動の最中に銃を入手していた。しかし英防諜機関MI5と警察の対テロリスト班合わせて30人ほどが24時間態勢で男を監視下に置き、ベレゾフスキーがビジネスの会合で使う予定だった部屋に銃を携帯して現れたところを逮捕した。
これと並行して欧州大陸では、MI6がポーランドやドイツ連邦情報局(BND)の工作員と密接に協力し、モスクワとミンスクから別々に出発した2人のヒットマンを追跡した。ワルシャワとフランクフルトを経由してパリに到着後、ユーロスターのターミナル駅である北駅に向かう途中で逮捕した。そこから、フランスの諜報員が、2人をフランス郊外にある仏諜報機関の隠れ家に連行している。
ロンドンで逮捕された人物は、その24時間後には何の嫌疑をかけられることもなく、英国からモスクワに送還され、フランスで逮捕された2人も静かにモスクワに送り返された。逮捕劇が目立たなかったのは、6月に就任したデビッド・ミリバンド外相の「英ロ間の緊張を緩和しようとする配慮」(諜報関係者)があったためとされる。
しかし、元FSB(ロシア連邦保安局)スパイ、リトビネンコを放射性物質で毒殺した容疑で英国がロシアに身柄引き渡しを要求した元KGB職員アンドレイ・ルボゴイの処遇をめぐり、英ロは互いに外交官を国外追放したばかり。両国間の危機はこの暗殺未遂でさらに深刻になった。
ベレゾフスキーといえば「何百万人ものロシア国民を貧窮に喘がせたまま、ロシア市場経済から暴利をむさぼった新興財閥(オリガルヒ)の縮図」(防衛アナリストのエドワード・ルーカス氏)。リトビネンコもベレゾフスキーの食客の一人で、その未亡人は現在もベレゾフスキーが所有するフラットにタダで住んでいる。
MI5もMI6も、ベレゾフスキーはロシア政府の暗殺から保護すべき存在とは認識しているが、彼の絶え間ない反プーチン・キャンペーンと英国在住は頭の痛い問題でもある。ベレゾフスキーに自由が許されている限り、ロシア政府は対テロ戦争に必要なインテリジェンスを英国に提供しない方針を打ち出しているからだ。