不機嫌とイロニイ
2008年4月号 連載 [ひとつの人生]
人の死はつねの事ながら、川村二郎の訃報は心に沁みた。以來、暗愁は胸のうちより去らない。この人を失つた日本の文藝批評はさらに淋しくなるであらう。私は本質論としてさう思ふのである。彼の不機嫌な顔が目に浮ぶ。いつもそんな顔をしてゐた。心に訴へる批評対象がないと、批評家はそんな表情になる。はじめて會つたときも、そんな顔をしてゐた。東京新聞社の會議室だつたか、七、八人のほぼ同世代の小説家と批評家が同席してゐた。いきなり司會だか進行係りだかをやらされて、とまどひながら、いまの文壇に心にかなふ批評対象がないのは、どこに原因があるのか、そんなことを話し合つてはどうであらうかといふやうなことを言つた。すると、そんな問題提起に異を唱へるやうに、僕はさうつまらないとは思へない、と川村二郎が言ひ、私はその言ひぶりがあまりに素つ気なかつたので、白けた気持になり、 ………
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