石油の富に憑かれた男の神話的造型

映画『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

2008年5月号 連載 [IMAGE Review]
by たまのじ

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映画『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(4月26日より日比谷シャンテシネほか全国で順次公開/配給:ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン)

監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン/原作:アプトン・シンクレア/出演:ダニエル・デイ=ルイス、ポール・ダノほか

砂と土埃とサボテンに覆われ、乾ききった奇岩が画面いっぱいに広がる。人間の存在を拒絶するこの曠地は、主人公の心象風景だろうか。オルタナティブ・ロックの急先鋒「レディオヘッド」のジョニー・グリーンウッドが作曲したオリジナル曲が画面に重なり、見る者の不安をさらに掻き立てる。

この冒頭シーンからエンディングまで、この映画(There Will Be Blood)は、救いのないエピソードを積み重ねていく。まるで灰がしんしんと降り積もるように。

19世紀の終わり、ウィスコンシン出身の流れ者で、銀掘り労働者のダニエル・プレーンビューは、次の商機は石油にありと見た。山勘と巧みな話術で投資家を募り、油田のありそうな土地に乗り込む。善男善女にわずかの配当金を手渡し、巨富を我が物にしていく。

映画は1898年から大恐慌直前の1927年まで、採掘のスリルと「黒い黄金」に魅せられて、ドン底からよじ登っていく石油王の一大叙事詩を描き尽くしている。

主人公のプレーンビューは常識の規矩で計れない。旧約聖書の登場人物のように、すべてを猜疑し、憎悪し、邪魔な者は殺害も厭わないモンスターだ。彼を駆り立てるのは、石油を掘り当て、富を吸い尽くすことだけ。石油は血、欲望、そして衝動の象徴だ。地下から轟音をたてて噴き上がる真っ黒な油柱は、彼の業の深さ、人間の奥底に潜む闇をまざまざと見せつける。

上映2時間半の間、主人公を演ずるダニエル・デイ=ルイスの凄まじい演技(第80回アカデミー主演男優賞)から、いっときも目をそらせない。しゃべり方ひとつをとっても、当時の人間の録音テープを聴き、想像上のキャラクターの声のトーン、口調を何カ月もかけてつくりあげたという。

映画製作が終わった後も「主人公を自分の中から手放せない」と、インタビュー番組で打ち明けた。役づくりへの異様なこだわりは、超大作ながら駄作だった『地獄の黙示録』のマーロン・ブランドと同じような中毒性がある。

監督のポール・トーマス・アンダーソンは、台本執筆時からデイ=ルイスを念頭においてプレーンビューの人物像を創造した。前々作の『マグノリア』でも、胡散くさいカルト伝道師の役にトム・クルーズをあてて成功させたが、この作品でも欺瞞にみちたキリスト教伝道師役を、若手俳優ポール・ダノが熱演している。

神話的造型は人物だけではない。荒涼とした自然を相手に人間が自ら生み出した工業品(自動車、鉄道、原油採掘機材)を使い、必死に生き延びようとしている姿をパノラマで撮影し、描写に奥行きをもたせた。

米国での公開時には、映画批評家がほぼ声をそろえてデイ=ルイスを絶賛、『市民ケーン』のオーソン・ウェルズに匹敵するというものだった。しかし、映画そのものへの一般の評ではむしろ否定的な意見が目立つ。

ハッピーエンドに慣れっこになった観客、好感のもてる主人公に共感して安楽を覚えたい観客には、最後まで頑として譲らない筋書きだからだろう。絶賛か非難か――口角泡を飛ばしてもしかたないが、あなたはどちらの判定を下すだろうか。

   

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