『もの言う株主 へッジファンドが会社にやってきた!』
2008年5月号
連載 [BOOK Review]
by 石
出版社:講談社(税込み1890円)
ペリー提督は4隻の艦隊を率い、半年以上かけて米国から来航、江戸幕府の鎖国の扉を叩いた。それから約150年、海外のモノ言う株主(アクティビスト)たちは、ある日突然、一通の手紙やメールで経営者を震え上がらせる。
昨年3月、英国のザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド(TCI)は、日本の電力卸最大手、電源開発(Jパワー)の筆頭株主になり、増配を求める手紙を送ってきた。株主総会で否決され、今は株の買い増しに挑むが、経済産業省は「電力の安定供給、原子力政策に支障をきたす」と変更、中止を求める意向を示した。
そのTCIが一躍名を上げたのが、2005年にドイツ取引所を屈服させた一件。辞任に追い込まれた取引所社長、ザイフェルトが、隠棲の地のアイルランドで書いた(共著)のが本書である。
発端は05年3月4日、一通のファクスに始まる。前年末、ロンドン証券取引所買収案を公表し、詰めの作業を進めていたザイフェルトの手元に届けられた。ドイツ取引所株を2%所有するという無名の株主からで、ロンドン証取買収に反対する内容だった。
それから1時間半。同じ内容のメールやファクスが6通相次いで届いた。どれも買収提示額が高すぎ、株主の利益を損なうとの主張である。企業を食い尽くすイナゴの大群(ヘッジファンド)が襲ってきた、と悟ったときは後の祭り。ザイフェルトは2日後、買収案の撤回を余儀なくされた。
イナゴの大群の中心はクリス・ホーン率いるTCIだった。ロンドン証取買収案公表当時、ドイツ取引所株の1.8%を所有するだけで「味方」を表明していた。ところが持ち株比率が5%になった1月中旬には突如、監査役会会長の罷免を要求、2月末には8%に達し、他のヘッジファンドと合わせると30%にまで膨れあがる。ザイフェルトらは戸惑うばかり、彼らの行動が「何を意味しているかはまだ知らなかった」。
Jパワーの経営陣ら日本側の関係者には他山の石となる一冊だろう。同社広報は「やはりタフで執拗に攻撃してくることが分かりました」と溜飲を下げている。しかし「イナゴは裏口から入ってきた」「我々は悪人に仕立て上げられた」「混乱を引き起こした汚い戦術」などの見出しにもうかがえるように、この本では被害者意識が目立つのが気になる。どうしても負け犬の遠吠えに聞こえるのだ。
TCI側は「ああ、あのイナゴ本」と小馬鹿にしている。欧州委員会で通商を担当するピーター・マンデルソン委員(英国出身)に会ってJパワーに対する制裁を打診し、提訴の構えを見せたホーン代表だが、経産省の威を借りて電話会談でもゼロ回答のJパワーの中垣喜彦社長に呆れて、「負けると分かっていながら、真珠湾に突っ込んだ日本人の心理が分かってきた」と皮肉を飛ばしたという。
ペリーの要求にあわてふためいた江戸幕府も、モノ言う株主の手紙に怯える経営者も、一番の問題は相手を知らなすぎたことだろう。ザイフェルトの轍を踏まぬためには、モノ言う株主を毛嫌いせず、まずは敵を見つめ、冷静に分析しなければなるまい。それが資本市場というものだ。