深層心理へと潜入する実験能

演劇『THE DIVER(ザ・ダイバー)』

2008年12月号 連載 [IMAGE Review]
by K

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演劇『THE DIVER(ザ・ダイバー)』

演劇『THE DIVER(ザ・ダイバー)』(9月26日~10月13日にシアタートラムで公演)

作・演出:野田秀樹/囃子:田中傳左衛門/笛:福原友裕/出演:野田秀樹、キャサリン・ハンターほか

野田秀樹が英語で能に挑戦した。世田谷パブリックシアター「現代能楽集」シリーズの第4弾となる『THE DIVER』で、野田のほか英国人俳優3人が出演した。

上司と不倫し放火容疑で逮捕された女(キャサリン・ハンター)には、多重人格者のようにいろいろな人物が出現する。野田が演じる精神科医が女の精神鑑定をする。

本を読んでいる野田が本を顔にかぶせ、客席に向かって表紙を見せると能面の絵柄が出てくる。日本の伝統芸能で扇が象徴的な役割を果たすように、扇を携帯電話などいろいろに見立てて表現する。女が嫉妬にかられて般若面をかぶる。田中傳左衛門による囃子も付き、全体的に能舞台の雰囲気を意識的に盛り上げている。

現代の痴情事件を取り上げながら容疑者の女の中で交錯するのが、能楽の『海人(あま)』で自分の命と引き換えに貴人との間にできたわが子を守ろうとする志度湾の海女であり、源氏物語で生霊となって恋敵の葵上をとり殺す六条御息所である。現代女性が前シテ、のりうつる霊が後シテで、母として、女としての凄まじい執念を体現する。

女役のキャサリン・ハンターは昨年の『THE BEE』でも登場、野田の英語公演では欠くことのできない存在になった。彼女のバネのある身体性は、英国の演劇界でも特異だ。今回も、神経質な手の動作や、爪先立ちながら伸びやかに体のバランスをとって、海の底にもぐっていく浮遊感覚を体いっぱい使って表現した。

ロンドンのソーホーシアターとの共同製作で、『THE BEE』と同じくコリン・ティーバンとの共同脚本。ワークショップを繰り返し、先に英国で上演した。能の構造を生かした点では、過去の「現代能楽集」の中でも能に近く、ある種の身体的様式を担保しようとしている点で実験性の強い舞台だ。サイコ・サスペンスと謳うが、現代の事件と能の世界がうまくつながったか。物語をつなげるための表面的な整合性が余分になり、深層心理がどれだけアクチュアリティーをもつことができたかが疑問として残った。

野田も転機を迎えている。今年初め、「夢の遊眠社」解散後のプロデュース集団だったシス・カンパニーから離れた。採算性重視の路線と一線を画したと見られ、「野田地図(マップ)」に活動を一本化した。その後、東京オリンピックの開催を目指し文化発信力を強化している東京都の東京芸術劇場・芸術監督就任が発表された。09年秋まで仕事が入っているため、芸術監督としての始動はそれ以降になる。

『THE BEE』や、『THEDIVER』のようにワークショップを何度も繰り返して作り上げる舞台は、商業演劇ベースでやるのは難しく、公共劇場だからこそ担えるものだ。だが、英語で上演する意味は何なのか。アフタートークで英国人俳優が、「ロンドンの方が一瞬でジョークをわかってもらえた」と語った。世界言語となった英語といえども、言語の壁がある舞台を日本人に見せてどうなるのだろう。いっそロンドンに腰を落ち着けて、外国人相手に日本演劇の評価を確立してほしい。演劇界でもそろそろ野茂やイチローに匹敵する彗星の出現があっていいころだ。

   

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