激動の欧州で芸術論対決
2009年7月号 連載 [日記逍遥 第6回]
「論理ではなく心理を追究する。肯定のニヒリズムを貫かすといふのが横光氏の議論だ」パリのシャンゼリゼのカフェで、東京帝国大学助教授矢部貞治(ていじ)が作家の横光利一と初めてあったのは、昭和11年7月11日のことであった。レオン・ブルムの人民戦線内閣が成立したばかりで、数日後にはスペインの内乱が、半月後にはナチスの祭典ベルリン五輪が始まろうとしていた。騒然とした政情を考えると、気鋭の政治学者だった矢部が、「論理」を斥けるとする文壇の鬼才の言葉に異を唱えたのも無理はない。「論理」と「心理」を排他的に区別するのは単純すぎる、そんな文学論には賛成できない、と反駁する。何度か言葉が行き交い、鬼才は突然に声を荒らげ、周囲には沈黙が流れる。好奇な眼差しを浴び、議論はやむ。矢部貞治はその日の日記を、次のように結んでいる。「横光氏といふのは今日初めてだが、一寸 ………
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