振興銀はなぜ不振企業を次々抱え込むのか。「中小企業振興ネットワーク」の秘密を暴く。
2009年8月号 DEEP
玉虫を毒針で一刺し、麻痺した獲物を巣穴に引きずり込んで、生きたまま幼虫の餌に供する狩人蜂ツチスガリは、ファーブル『昆虫記』でも白眉の章だろう。一読忘れ難い。本誌が警鐘を鳴らす日本振興銀行のビジネスモデルも、単なる商工ローンや消費者金融の卸し金融ではなく、『昆虫記』を彷彿とさせる「生き餌培養」方式と言える。
一例を挙げてカラクリを暴こう。2月23日に商工ローン最大手SFCGが民事再生法を申請する直前、振興銀が担保権を行使してSFCGの保有する上場6社の株式を確保したが、その1社、中古車販売のカーチスホールディングス(東証2部)である。旧社名はジャック、01年に創業者の渡辺登会長らが93億円の横領で逮捕され、業績不振で05年にライブドアに買収されて以降は、親会社も商号も転々と変わってきた。
SFCGは破綻前に資産を次々と親族企業に“逃避”させていたが、カーチス株も大島健伸前会長の息子、嘉仁が社長を務めるMAGねっとホールディングス(ジャスダック)に譲渡された。振興銀はSFCGの貸出債権を購入する際、この株の担保提供を受けるとともに債務保証させていた。担保権を行使した結果、振興銀はカーチス株50.5%の株主となる。銀行の保有株には「5%ルール」があり、1年以内に5%を超える分は手放さなければならない。ところが、カーチス株には買い手がいるのに、振興銀は手放さない。
なぜか。ライブドアもSFCGも、中古車流通という本業でカーチスを生かすつもりはなかった。上場企業の「器」を利用して、マネーゲームの具にしただけだ。振興銀の采配をとる創業者で元日銀マンの木村剛会長の発想もそれと変わらない。
振興銀は、中小・零細企業にミドルリスクの資金を供給すると称して「中小企業振興ネットワーク」を形成、資金繰りに追われる企業を次々と会員に加えている。カーチスも自動車関連の中核企業に仕立てたうえで、不振企業を次々その傘下にぶら下げ、債務保証させたり、負債を肩代わりさせ、デット・エクイティ・スワップ(DES、債務の株式化)に切り替えさせるのではないか。
ここに木村流「生き餌方式」の秘密がある。当座の資金繰りを助けてこの「中小企業振興ネットワーク」の巣穴に引きずりこむと、生かさず殺さずで80社近い会員の不振企業から負債などを肩代わりさせる「汚物入れ」に仕立てるのだ。
ある関係者は言う。「振興ネットに強い縛りはない。強いて言えば、仕事の発注や調達で会員企業を優先するくらい。会員企業はろくでもないところばかり。事業の立て直しは大変で、振興銀の融資金利5%を稼ぎ出せるような人材はいない。マイナスを掛け合わせてもプラスにならないが、資金繰りをつけてもらい、社長には月々平均100万円の手当てが入るので、文句は言えない」
振興銀の預金は他行より高利のため一日30億円ペースで増えていく。それを木村は商工ローンに代わって惜しみなく振興ネットに流し込む。ただ、ノンバンクと違って銀行は不良債権比率に金融庁の目が光る。そこで焦げ付きを表面化させないために、危ない企業はカーチスのような上場持株会社にぶら下げて面倒を見させる。その代わり、振興ネットの中核企業群には潤沢に融資し、業績をよくして株価を上げ、資本調達を容易にする。上場企業なのでそうした裏技が使える。1997年の独占禁止法改正で解禁された持株会社の仕組みを逆手にとった形だ。
カーチスでも「SFCG色を消したい」との木村の意を受け、3月24日付で大島嘉仁を社長から降ろした。ワンポイントでSFCG監査役の大村安孝を就け、5月26日の取締役会で振興銀傘下のNISグループや中小企業投資機構(旧ビービーネット)などから役員を送り込むことを決めて、6月26日の株主総会で大村を副社長に降格、元ジャック幹部の阿久津好三を代表取締役に選んだ。
阿久津は41歳。04年にジャックから自動車用品販売のタカトクに移って、ライブドア事件のあと詐欺のようなLBOでソリッドアコースティックスの手に落ち、さらにSFCGに売られたカーチスを見守ってきた。振興銀は融資を通じてタカトクを傘下に収め、古巣のカーチスを統制できるとの判断から阿久津に白羽の矢を立てたと思われる。
だが、その阿久津とて、6月1日に振興銀の代表執行役社長に抜擢された西野達也(高卒の元第一勧銀行員)と同じく“ワンマン”木村の傀儡にすぎない。もはや誰も木村に諫言できず、彼の開き直りはエスカレートするばかりだ。SFCGの営業債権を1100億円も買いながら「契約では過払いリスクは引き受けないことになっている」の一点張りで引当金を積まない。金融庁の検査では、6月時点で預金残高4620億円。1600億円が不良債権化していると言われ、裁判所が過払い返還を命じたら、株主資本が210億円の振興銀は一瞬で吹っ飛ぶ。
関係者によれば、木村には相談相手がいない。振興ネット企業群との戦略会議で決断するのはすべて木村。社長らは全員、指示待ちである。取締役会議長の作家、江上剛や株式評論家の三原淳雄、小泉チルドレンの一人である自民党衆議院議員、平将明ら社外取締役は、背筋が寒くならないのだろうか。
振興銀の保有率が5%を超すカーチス、マルマン、ミヤコ、大田花き、日本管財、SFCG株は、いずれ衛星企業にはめこむのだろう。振興銀の大株主を見ても、振興銀の分身か生き餌の衛星企業がずらりと並ぶ。自らの襟首をつかんで宙に浮いてみせる「ほら吹き男爵」のようだが、いずれ地に落ちる。(敬称略)