中国バブル「一寸先は闇」の兆候

実需を上回る7兆4千億元の銀行融資。ホットマネーが株式、不動産に流れこんで投機熱。

2009年9月号 BUSINESS

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国営大企業に勤める37歳の厳志剛は、昨年7月に乾坤一擲の勝負に出た。払い下げで得た50平方メートルの社宅を70万元で売り払い、株購入のチャンスをうかがうことにしたのだ。「いい成績で大学を卒業し、国営大企業に職を得たのに、15年経って僕だけが低収入。これは最後の賭け」とばかりにこの3月、渾身の思いで全額を株購入に充てた。

時期がよかった。年初来、実質成長率8%維持(保8)の大号令のもと、政府は公共投資に4兆元を投入、09年上半期で銀行の新規貸出額が7兆4千億元近くに達する空前の金融緩和で、株式市場にはホットマネーが溢れた。上海総合指数は3月の2300ポイントから8月4日には3455ポイントまで上昇、半年足らずで5割も上がった。「元手の70万元が年末には100万元に増え、来年200万元になったら足を洗う」と皮算用をはじく厳は毎晩、賃貸アパートでパソコンを立ち上げ、株価の動向に目を凝らしている。

だが7月29日、肝を冷やした。金融引き締め観測が流れて1600銘柄中400銘柄がストップ安になったと聞き、終業後、タクシーを飛ばして家に帰った。8月5日も中国人民銀行(中央銀行)が発表したリポートで金融政策の「微調整」に言及、引き締め観測が再燃して6日の上海株は一時3%以上も急落した。

厳はいま気が気でない。不動産に乗り換えようにも、100万元以上がなければ無理だし、他の金融商品は知識がなくて買えないからだ。

中国経済は堅調と喧伝され「世界経済の牽引車」ともてはやされている。だが、在庫調整は進んだものの、機械製品など民間企業の輸出は低迷し、官製経済主導のこの回復は息切れが心配だ。余剰資金の投資対象はとりあえず株、不動産に集中しているから、資産価格は明らかにバブルの様相を呈している。

住宅市場で検証してみよう。今年1月には閑古鳥が鳴いていたが、最初に動意が見えたのは中古住宅市場だった。地下鉄の駅や小学校などが近いという好条件の中古住宅から若いカップルらが買い始め、4月以降、北京、上海などの大都会では100平方メートル以下の手ごろな中古住宅が品薄となった。

「内装」伴わない住宅市場

5月ごろ、「新地王潮」(新不動産王ブーム)という言葉がマスコミで躍り始める。北京の東釣魚台地区(迎賓館のある釣魚台とは別)では、07年に着工して予定価格が一平方メートル1万2千元だった住宅が、7月には7万2千元に高騰した。デベロッパー企業は何も説明しないが、崑崙公寓、銀泰中心、盤古大観などでも住宅の販売価格はほぼ同じ。高嶺の花となったこれらの住宅に住む富裕層は「新地王」と呼ばれる。

これにつられて、一平方メートル1万元程度の住宅が割安に感じられる錯覚が広がっている。北京では、一平方メートル買うのに一般市民の3カ月分の収入をあてなければならない。年間を通して4平方メートル、20年間飲まず食わずで働いてやっと80平方メートルの住宅が手に入るという水準なのだ。

それでも、この先まだ値上がりするかと浮き足立っている。マンション「首城国際」は、一平方メートル9500元からいきなり1万3千元に値上げしても購入者が殺到し、とうとう販売中止となった。「1週間でも販売を止めたら、後でもう少し値上げができるでしょう」と北京で不動産紹介業を営む張路は言う。

が、経済評論家の呉暁波は「住宅市場には熱が入っているが、内装市場ではまったく変化はない」と指摘する。北京第3、第4環状道路沿いの内装市場では、確かにまだ活気は戻ってきていない。

中国では、購入した住宅は玄関と窓以外は各部屋のドアも台所もトイレもついていない裸の状態が普通で、内装は購入者がする。中古住宅を購入する場合は簡単なリフォームで済むが、新築住宅は内装が不可欠。「内装しないのは住居として住宅を買ったのではなく、投資対象として購入した証明」と呉は言う。

従来は住宅市場に牽引されて内装市場が活況となり、家具や家電も爆発的に売れるという消費サイクルだったが、その連鎖が今は断たれている。住宅を投資や投機の対象としたバブルと言うほかない。不動産業者の多くも、このバブルが長続きするとは見ていないのだ。

株価はどうなのか。厳志剛のような個人投資家は株式市場に一喜一憂しているが、株価上昇の主役である企業が何をもって株価を高めたのか、実は厳にも「よくわからない」。自分の勤務先は非上場企業だが、株式投資を始めてから企業の設備投資、海外企業との提携などのニュースに注目するようになった。しかしここ数カ月は、そうしたIR情報によらずとも株価は上がったという。

セメント、鉄鋼などの素材価格は確かに高くなり、関連企業は徐々に不景気から抜け出しているが、それ以外の企業が売上高を急拡大させたというニュースはない。「政府が経済刺激政策の一環として拠出した4兆元の公共投資は、回りに回って株式市場に流れこんだのではないか」と厳は思う。今後も政府が企業にカネを供給しないと、株価はつっかい棒を失う。企業が株式市場から設備投資にカネを回すようになったら、株価は暴落するかもしれない。

生活関連物価いつまで抑制

不動産関係者も動揺を見せている。投資目的の住宅購入が主では、値上がり過ぎで居住目的の消費者を市場から排除することになるからだ。住宅市場は、不動産を購入しようとする金持ち、銀行から融資してもらえる一部の人のものになった。住宅価格の高騰は、政府から取得する土地の払い下げ価格も高騰させた。住宅を建てて最終的に売れなかったら、ツケは不動産業者に回ってくる。不動産業者は、マスコミを動員してブームを煽ったが、実は彼らも心細いのだ。

インフレの足音が聞こえてきた。

セメント、鉄鋼、銅などの値上げを許可した政府は、ガソリン価格も7月中に2回引き上げた。ところが、消費者の顰蹙を買い、強い反対にあって元に戻してしまう。

河南省鄭州市では、ある大衆食堂が肉饅頭を1元から2元に引き上げたところ、突然、「衛生条件に満たないため閉鎖せよ」という政府通達が届いた。1元に戻したら政府関係者も来なくなった。即席めん協会は、値上げの用意があると公表したとたん、国家工商行政管理総局から非合法組織と決めつけられた。豚肉の価格には今も政府が目を光らせる。「値上げを許したら、食品価格が一斉に高騰する」と呉暁波は見る。

生活関連の衣料や食品価格は政府によって厳しく抑えられているが、いつダムが決壊するかわからない。

インフレは、中国政府が引き金を引くことになるかもしれない。8月現在、少なくとも33都市で地下鉄を建設中で、瀋陽から広州まで数千キロの高速鉄道を建設する計画を政府は立てている。地下鉄一線で数百億~1千億元の投資を必要とする。高速鉄道はさらに金がかかる。中国版「列島改造計画」は、最終的にインフレに帰着するのではないか。

「自信を失えば恐怖だけが倍増する」と呉暁波は言う。経済の堅調が続く限り中国は自信を保てるが、その自信に徹底的打撃を与えるのは、来年から予想されるインフレかもしれない。絶頂期の日本が20年前に乗り上げた暗礁である。(敬称略)

   

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