中国やブラジル市場でトヨタを圧倒。勢いづくフォルクスワーゲンとトヨタの一騎打ちが始まる。
2009年10月号 BUSINESS
5月に発売された「シロッコ」
AP Images
「悔しい! そして羨ましい!」
「『シロッコ』以上に素晴らしい味を持ったクルマづくりにチャレンジしていきます!」
「ドライバーモリゾウ」こと、トヨタ自動車の豊田章男社長が7月29日、ブログに記したコメントである。「シロッコ」とは、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)が今年5月に日本でも発売した小型スポーツクーペのこと。モリゾウは「(これまでの)ドイツ車は、高速(での走行)はよいが、日本の一般道はイマイチというものでしたが、この『シロッコ』は違いました」とも書いている。
日本ではあまり報じられていないが、VWは2007年に「ストラテジー2018」と呼ばれる中長期の経営戦略を発表。その中で「11年の世界販売目標を800万台とし、18年までにトヨタを追い越す」と宣言した。世界ナンバーワンの自動車メーカー、トヨタを追撃する狼煙を上げたのだ。世界の自動車産業界では「トヨタとVWの一騎打ちが始まる」との見方も浮上している。
決算の結果を見ても、トヨタをはじめ自動車メーカーの大半が業績悪化に苦しむ中、VWの08年1~12月期決算は、売上高が前年比4.5%増の1138億ユーロ(約15兆3402億円)、純利益は13.7%増の46億8800万ユーロ(約6319億円)と好調だった。全世界での販売台数も11%増の約626万台で、純利益、販売台数とも過去最高を記録している。
直近の09年1~6月期決算では、売上高が9.4%減の512億ユーロ(6兆9018億円)、純利益は81%減の4億9400万ユーロ(約666億円)と陰りが見えるものの、きっちりと黒字を確保した。世界販売は4.4%減と半期で約312万台になったが、トヨタに次ぐ世界2位に浮上した。
VWが好調なのは、本社のあるドイツを中心とした欧州市場に加え、中国、南米の新興市場に食い込み、「3本柱」になっているからだ。さらに「ゴルフ」などの小型車や燃費のよいディーゼルエンジン車も強い。特に新興国ではディーゼル車の比率が高い。また、80年代後半、日本車に売り負けた北米事業を縮小していたため、米国発金融危機の影響をもろには受けなかった。トヨタや日産自動車、ホンダが北米市場を中心に稼いできた戦略とは一線を画し、中国やブラジルなどの新興国市場を耕し、利益を出す経営スタイルをいち早く確立していたのだ。
08年のVWの世界販売626万台のうち、1位はマザー市場のドイツで0.5%増の約106万台、2位は中国で12.5%増の約102万台、3位はブラジルで9.7%増の約64万台。4位は英国、米国は5位で4.5%減の約31万台だった。09年1~6月の販売でも、政府の支援策を受けたドイツで18.5%増の約63万台、中国で22.7%増の約65万台、ブラジルで7.3%増の約34万台と、「3本柱」が揃って好調だった。注目すべきは、中国での販売台数が初めてドイツを追い抜いたこと。年間を通じても中国での販売台数が首位になると見られる。
トヨタの販売実績と対比すると、同社の09年1~6月の世界販売台数は26%減の356万台で、VWとの差はわずか44万台。猛追を受けていることがわかる。08年のトヨタの中国での販売台数は約56万台(前年比17%増)で、VWの半分程度しかない。ブラジルにおけるトヨタの販売台数は約8万台(同11%増)で、VWの8分の1にすぎない。ロシアとインドで両社は互角の勝負をしているが、自動車販売の成長市場であるBRICs全体では、VWが圧倒的に強い。実際、VWは18年までに中国で240万台の販売を目指す、としている。
VWの躍進は平坦な道のりではなかった。03~06年に業績が低迷。当時のVW経営陣は「我々はベンツになり、グループの高級車メーカーであるアウディをBMWにする」と豪語し、最高級車ブランド「フェートン」を投入したが失敗に終わり、「VWは驕っている」と批判を浴びた。
また、VWとアウディの「プラットホーム(車の骨格)」を統合したため、「VW車の値段が高くなり、逆に『アウディ』から高級感がなくなる弊害が現れ、販売台数を落とした」(アナリスト)。2000年代初めには長年にわたりシェア1位を保ってきた中国でトップの座をゼネラル・モーターズ(GM)に明け渡した。VWは旧型車が主力だったため、GMの新車攻勢に売り負けた。
業績低迷を打開すべくVWの改革は始まった。07年1月に経営陣を刷新。そして、一見地味ではあるが、VWはプラットホーム戦略を見直した。少ない「プラットホーム」で多くの派生車を量産する戦略から、モジュール生産を強化することでコスト削減に成功した。中国では05年から「オリンピックプログラム」と題する経営改善を行い、現地開発の新車投入や工場の稼働率向上により反転攻勢に出た。08年4月には中国で4番目の生産拠点となる南京工場も稼働させた。
さらに、「弱点」だった米国でも成長戦略を加速させている。11年にはテネシー州に年産15万台の新工場を稼働させる。中型セダンを生産し、トヨタの「カムリ」にぶつける狙いだ。08年のVWの北米での販売実績は約50万台。これを18年までに100万台に引き上げる計画だ。メキシコ工場にも10億ドルを投じて、10年までに年産能力を45万台から55万台に引き上げる。インドでも5.8億ユーロを投じた新工場が今年から稼働し、年産11万台を目指す。
商品面でも手薄だったミニバンやピックアップなどの製品開発を強化する。2期連続の赤字に苦しむトヨタが設備投資を絞り込み、汲々としている姿とは対照的だ。
VWは傘下に、スウェーデンのトラックメーカーであるスカニアやチェコの小型車メーカーのシュコダなど九つのメーカーを収めるフルラインメーカー。トラックの日野自動車工業や軽自動車のダイハツ工業を子会社に持つトヨタとよく似ている。VWはシュコダをグループの「エントリーブランド」と位置づける。シュコダは低価格の大衆車として欧州などで人気があるほか、中国でも現地生産に取り組む。その利益率は10%近く、グループの収益に貢献している。一方、トヨタとダイハツは車の共同開発には取り組むものの、新興国市場の開拓などグローバル戦略におけるダイハツの位置づけは明確ではない。
さらに「お家騒動」がひと段落したVWは、攻勢を一層強めると見られる。09年1月、創業家筋のポルシェがVWを完全子会社化したものの、資金繰りに行き詰まったことなどから、VWがポルシェ側に逆買収を提案し、8月に、11年末までに経営統合することで合意した。この統合により、VWのヴィンターコルン会長(CEO)は「世界首位を狙う」と改めて宣言した。
米国の産業アナリスト、マリアン・ケラー氏はかつて著書『激突』(草思社)の中で、トヨタ、GM、VWの経営戦略を分析して日米独トップ企業の熾烈な戦いを描いた。当時は「新ビッグスリー」とも呼ばれたが、そのGMは経営破綻した。21世紀の世界自動車市場で、トヨタとVWの2強対決の火蓋が切られた。