内閣府の大塚、古川、財務省の野田、国交省の馬淵、辻元らのしぶとさが見もの。
2009年11月号 POLITICS
新内閣は菅直人、岡田克也、前原誠司、長妻昭ら各氏を主要閣僚に起用し、さながらオールスターで船出した。その大臣を支える副大臣も、知名度は低いが、野党時代に独特のパワーを蓄えた「つわもの揃い」だ。
野党時代の民主党の「次の内閣」のメンバーは、自民党の予算分野別の部会長に当たるが、民主党が政権に就いた途端、彼らのほとんどが閣僚ではなく、副大臣に抜擢された。
年金問題一辺倒で労働行政への対応が不安視される長妻氏には、労働者派遣法改正や雇用保険法改正で与野党協議の実務に当たってきた細川律夫氏を副大臣に起用した。農政と無縁だった赤松広隆農相には、農家への戸別所得補償制度の設計を担った山田正彦氏、森林林業再生小委員会座長として林業政策を策定した郡司彰氏の2人を副大臣に就けた。閣僚と副大臣を一体として配置した鳩山総理の狙いがよく表れている。
政策通が揃う副大臣の中でも、際立つ存在になりそうなのは、大塚耕平(金融担当)、古川元久(国家戦略室長、行政刷新会議担当)の両内閣府副大臣、野田佳彦財務副大臣、馬淵澄夫国土交通副大臣らだろう。
日銀出身の大塚氏は、昨年の米証券リーマン・ブラザーズの破綻を受けた金融危機の際、民主党の政調副会長として「金融対策チーム」の座長を務めた金融・財政政策のプロ。08年春、日銀総裁の国会同意人事をめぐり、民主党が参院で政府提案を否決する構えを見せた時には、日銀総裁候補が記された「大塚リスト」なるものが出回り、財務省や日銀関係者が大塚氏のもとへ日参した。
鳩山総理が大塚氏に託した任務は中小企業向け融資の返済猶予(モラトリアム)法案など、何かと物議を醸す亀井静香金融・郵政担当相のお目付け役。長い政治経歴と独特の発信力を持つ亀井氏の手綱をいかにさばくか。際どい場面が続きそうだ。
一方、古川氏は大蔵省OBのキャリアが強調されがちだが、退官したのは入省6年目、税務署長になる直前の28歳の時だ。官僚としてそれなりの地位を得てから政治家に転じた松井孝治内閣官房副長官(通産省出身)らとは別のタイプである。
評価が定まったのは、野党時代の最大の売りものだった年金制度改革で税制を踏まえた詳細な制度設計を担った頃から。民主党は04年の参院選で、年金目的消費税の創設などを中心とする制度改革案を提示したが、その基本を作ったのが古川氏である。年金問題では「消えた年金」など政府を追及した長妻氏の舌鋒が注目を集めたが、古川氏をはじめとする政策通が、しっかりした対案を用意していたことも重要なポイントだ。
民主党きっての政策通とされる松井氏や松本剛明・元党政調会長らと拮抗する能力を備えている古川氏は、野党時代の民主党の政策立案プロセスで、しばしば「お呼び」のかかる知恵者だった。仙谷由人氏(現行政刷新担当相)のもとでの医療制度改革案作りにもかかわっている。
注目すべきはまだ43歳、民主党の当選5回生の中で最も若いという点だ。副大臣の中でも、防衛副大臣に起用された42歳の榛葉賀津也氏に次ぐ若さ。将来の民主党を背負って立つ人物として頭角を現してきた。
古川氏は菅氏のもとで国家戦略室長、仙谷氏のもとで行政刷新会議担当を兼務する。政権が車の両輪と位置づける二つの組織の車軸の位置にいる。ただし、この新設2組織の政治的な可能性は未知数。両組織を実効あらしめる力量が問われそうだ。
一方、野田氏が財務副大臣に起用されたのは、04年から05年にかけて民主党が実施した特別会計を精査するワーキングチームの座長を務めたことからだ。馬淵氏を事務局長に据え、各省庁に提出させた資料を調査した。個々の政策ではなく、財政全般に関する問題点を、民主党の議員自らが基本データに当たり精査したのは、この時が初めてだった。ワーキングチームは「31特別会計60勘定のうち、24特別会計51勘定を廃止する」という画期的な報告をまとめたが、当時は党内外でほとんど注目されなかった。しかし、その後、民主党が行政改革を推し進めるうえでの基礎資料となり、それが今日の行政刷新会議の構想にもつながっていく。
このワーキングチームでの研鑽以降、手がかかっても基礎データに自ら当たり、実現性を精査したうえで政策作りをするというスタイルが民主党内に定着していく。その出発点にいた野田氏が予算編成を担う副大臣に起用された意味合いを各省庁は見誤るべきではないだろう。野田氏には「親分」的なイメージがあるが、一方でこれまでの政治家が見逃しがちだった、財政の細部にこだわることの大切さをよく知っている。
ただ、野党時代に培われた手法は善かれ悪しかれ、馬淵氏に代表される議員個人の能力(突破力)に依存する面があったことは否めない。財務省主計局が総力を挙げて作り上げた政府予算を、野党時代のごとく議員個人の能力で分析・評価しようとすれば必ず失敗する。野田氏には財務官僚の能力を引き出し、十分に活用する手腕が求められる。
国交省副大臣に起用された馬淵氏の役割は、文字通り前原国交相の補佐。前原氏にはずば抜けた発信力があり、国交相就任後も発言が際立っている。しかし、その一方で、踏み込んだ発言に心配があることは、民主党代表辞任に至った偽メール事件や、盟友である松井氏の「村上ファンド」との関係を暴露してしまった件でわかっている。
偽メール事件の当事者、永田寿康元衆院議員(故人)は、野田氏のグループ(花斉会)の若手有望株だった。永田氏の「暴走」の背景には当時、耐震偽装事件で名を売っていた同じ花斉会の後輩、馬淵氏への嫉妬と焦りがあったとされる。前原、野田両氏は偽メール事件の泥沼に引きずり込まれていったが、距離を置く馬淵氏はまったく無傷だった。
もう一人の国交省副大臣は社民党の辻元清美氏。秘書給与流用事件で議員辞職に追い込まれながら復権してきた辻元氏は、イデオロギー的には前原氏とかけ離れているが、心は通ずるものがあり、今はサポーター役に徹している。逆に、結果的とはいえ光の当たる場所ばかりを歩いてきた馬淵氏は、前原、辻元両氏のような苦汁を味わったことがない。
馬淵氏の野党政治家としての質問力、追及力には定評があり、前原、辻元両氏にひけをとらない迫力がある。難問山積の国交省は「個性派スター」の揃い踏みの観がある。
しかし、自民党長期政権と癒着してきた国交省には、野党議員には想像のつかない落とし穴がたくさんありそうだ。民主党の首相候補の一人でありながら危うさがつきまとう前原氏をいかに支えるか、馬淵氏の手腕が問われる。民主党副大臣が、自民党から「追及される側」「釈明する側」に回った時、どんなしぶとさを見せるか、楽しみである。