鳩山「IT戦略」は麻生の猿マネ

どこかで読んだことがあるような、羊頭狗肉の骨子案。麻生さんに笑われそうだ。

2010年5月号 BUSINESS

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急きょ開かれたIT戦略本部(3月19日)

Jiji Press

政府の「IT戦略本部」(本部長・鳩山由紀夫首相)が、新たな情報通信技術戦略(IT戦略)の策定にドタバタで取り組んでいる。策定期間は3月から5月まで約2カ月。そんな短期間で斬新な戦略を打ち出せるわけがなく、自民党政権のIT戦略を焼き直すというお粗末ぶりである。

鳩山政権は昨年末から新成長戦略づくりに躍起だが、当初はIT重視の姿勢が乏しかった。さすがに「IT抜きの成長戦略はおかしい」と産業界の不満も強く、急きょ、政権発足以来初めてのIT戦略本部を開いたのは3月19日だった。

泥縄で成長戦略に滑り込み

いつもながらの政治主導の大方針の下、会合には本部長の首相、副本部長を務める川端達夫特命担当相(科学技術政策)、平野博文官房長官、原口一博総務相、直嶋正行経済産業相のほか、全閣僚が並んだ。安西祐一郎慶応大教授、大坪文雄パナソニック社長ら、新たに選ばれたIT有識者も顔を揃えた。

驚かされたのは、その初会合ですぐに戦略骨子案が示されるという手際の良さである。議論のスタート前から、お膳立てができていたことを裏付ける。

骨子案を中心的に作ったのは、内閣府の古川元久副大臣(国家戦略室長)と津村啓介政務官だった。

古川氏らは、内閣府、総務省、経産省、文部科学省などの役人たちと2月ごろから事前調整し、有識者とも意見交換して、初会合直前に一気に書き上げたとされる。政府の成長戦略に滑り込ませたいからだ。

古川氏は、鳩山政権の様々な政策立案に関わるキーパーソンだが、ITに特に精通しているわけではない。それゆえ骨子案は、新味の乏しさと底の浅さを浮き彫りにした。

骨子案は、「今回のIT戦略は、過去のIT戦略の延長線上にあるのでない。3本柱に絞り込んだ戦略とする」と強調したのが特徴だ。

その3本柱とは、①国民本位の電子行政の実現、②地域の絆の再生、③新市場の創出と国際展開――を指すが、「過去の延長線上」を否定するほどの内容かというと疑わしい。

日本政府が初めて「IT基本戦略」を策定したのは、2000年の森内閣時代だった。その後、小泉内閣の01年に「e‐Japan戦略」、03年に「e-Japan戦略Ⅱ」、06年に「IT新改革戦略」を次々と打ち出した。最近では、麻生政権が09年6月に「i-Japan戦略2015」を決めた。

とくに注目したいのは、「i-Japan戦略2015」と、今回の骨子案のそっくりぶりだろう。

まず、3本柱の一つ、「国民本位の電子行政の実現」をみてみる。

骨子案は「利用頻度の高い行政サービスについて、週7日24時間、オンラインまたはオフラインでサービスが利用できる目標年限の設定」とか、「行政が保有する情報を原則として全てインターネットで容易に入手し、利用可能にする目標年限の設定」などを明記。関連施策として「国民ID制度の整備」「電子行政を推進するための政府CIO(最高情報責任者)を設置する」などを挙げる。

麻生政権時代の「i-Japan2015」も3大重点分野を示していたから、構成はほぼ同じだ。その時の重点分野の一つも「電子政府・電子自治体」で、最大の目玉は「国民電子私書箱」だった。

電子私書箱構想は、希望する国民や企業がインターネットを通じて年金記録の入手などの行政サービスが受けられる仕組みを指すものだ。各行政機関が相互にデータ連携することで、「便利なワンストップサービスが可能」や「あなただけの電子政府」とPRしていた。

しかし、鳩山政権は「電子私書箱」構想をすぐにお蔵入りさせ、検討作業をストップした。政権交代した以上、前政権の戦略を反古にするのは当然と判断したのだろう。

しかし、実のところは、鳩山IT戦略が強調する電子政府も、国民電子私書箱構想を真似たもの。「政府CIO」案も、ちゃっかりとアイデアを拝借したものだから、羊頭狗肉である。

鳩山政権では社会保障と税の共通番号制導入を打ち出し、これと関連してIT戦略を練るとした点は麻生政権時代と異なるが、共通番号制の議論の先行きは不透明だ。

空証文と挫折の歴史

もっと姑息にみえるのが、ネーミングを替え、あたかも新施策のように強調している医療分野だろう。麻生政権の「日本版EHR」(Electronic Health Record)構想を改め、鳩山IT戦略に盛り込んだ「全国どこでもマイ病院」がそれである。

「全国どこでもマイ病院」とは、過去の診療データを全国の医療機関で確認できるというシステムだ。引っ越した後や旅行、出張の時にも適切な医療が受けられるという。データ化した個人の医療情報を共有化し、医師が患者の過去の診療履歴をデータベースから引き出し、診察に利用できることを売り物とする。

斬新な構想にもみえるが、実は、日本版EHR構想と内容は同じだから、開いた口がふさがらない。

そもそも医療データの共有化について、医療界は、「IT化が進んでいない医療機関が取り残される」と反発している。民主党政権との協調を掲げて初当選した日本医師会の原中勝征新会長が率いる業界が、軌道修正して譲歩するのか。鳩山政権との調整の行方が注目されよう。

鳩山IT骨子案の三つ目の柱「新市場の創出」も、前政権の戦略と大差ない。要するに、何から何まで「過去の戦略の延長線上でない」が偽りの看板であることを示す。

政府は5月中に、IT戦略の具体的なプロジェクトごとの達成目標を示した工程表を作る方針だ。本当に目標を達成できるかが問われよう。

しかし、日本のIT戦略を振り返れば、自民党政権時代から何度も戦略を策定しながら、それが空証文に終わって、ことごとく挫折してきた歴史がある。

その間に欧米や韓国などの諸外国は着実にIT戦略を実行し、日本は周回遅れだ。このままではさらに取り残されかねない瀬戸際にある。

オバマ米大統領は、「米国再生・再投資計画」を決め、5年以内に米国内全ての医療カルテを電子化する政策を推進中だ。英国は「デジタル・ブリテン」、フランスは「デジタルフランス2012」を掲げる。

韓国ではすでに、オンラインで住民票などの様々な行政情報を取得し、自宅で印刷できる電子行政で先行している。李明博大統領は「ニューIT戦略」を打ち出し、ITで経済を活性化する戦略を強化中である。

海外の先進例と比較すれば、日本の現状はお寒い限りだ。戦略の要となる電子政府・行政を推進するには、縦割り行政の壁を突破する首相の強力なリーダーシップが欠かせないが、それにも疑問符が付く。

麻生前首相にも笑われそうな、泥縄式の鳩山IT戦略である。日本のIT巻き返しに暗雲が漂う。

   

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