「たばこ一箱800円」増税シナリオ

族議員の大物、千葉法相の落選で「連続値上げ」が確定。それでも困らない日本たばこ産業。

2010年10月号 LIFE

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東京・虎ノ門の日本たばこ本社

Jiji Press

8月30日、厚生労働省は2011年度の税制改正要望の中に、たばこ税並びに地方たばこ税の引き上げを盛り込んだ。ご承知のとおり、昨年度の税制改正により、10月1日からたばこ税率が上がり、一箱当たり70~140円の値上げが行われる。たとえば現在300円のマイルドセブンは410円になる。これだけでも愛煙家の懐を痛めるというのに、厚労省が2年連続の引き上げを求めたのは、近年の「禁煙」時流に乗り、喫煙者を追いつめ、「たばこ離れ」を促進する目論見にほかならない。

日蔭者の「たばこ産業議連」

これに即座に反応したのが、日本たばこ産業(JT)だ。翌日、ホームページ上で「今回の増税は、過去に例のない大幅な増税であり、お客様に多大な負担を強いるのみならず、葉たばこ農家や小売店を含む国内たばこ業界全体に甚大な影響を及ぼす」とし、「更なる増税を行うことには断固反対」と公式に表明した。

喫煙の善悪はともかく、大衆嗜好品への2年連続の増税は、税制改正の常道から外れている。JTの言い分も一理あるが、ここまで危機感を募らせるのには理由がある。

政界関係者は「喫煙者に大逆風が吹いているとはいえ、毎年値段が上がるのだけは阻止したい。ところが、千葉景子法相が参院選で落ちてしまった。彼女は『JT族議員』の大物なんです」と打ち明ける。

千葉法相は参院議員歴24年(当選4回)の大ベテランの現職女性閣僚。JT幹部は「まさか落選するとは思わなかった」と天を仰ぐ。議員バッジを失った後も続投し、法相としては初めて死刑執行に立ち会うなど耳目を集めているが、政治的パワーはすでに喪失している。

落選した千葉法相

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その千葉法相が、JTの労働組合「全日本たばこ産業労働組合」(以下、JT労組)の顧問の地位にあることはほとんど知られていない。JT労組の機関紙「全たばこ新聞」(6月25日付)によると、千葉氏はJT労組と「たばこを吸う人と吸わない人が共存できる社会の実現」などの政策協定を結び、福山哲郎官房副長官と並ぶ「選挙区重点候補」として強力な支援を受けている。

「JT労組は横路孝弘衆議院議長が率いる旧社会党グループと親密で、千葉氏もその流れ。橋本政権時代に、旧国鉄債務の穴埋め策として『たばこ特別税』が創設されたが、横路氏や千葉氏はJTの意向を汲み、反対に回った」と政治部記者は語る。

かつての自民党には「たばこ族議員」が跋扈していた。農水族の大物といわれた故・松岡利勝氏や大島理森副総裁がその筆頭格で、遡れば藤井裕久元財務相、渡部恒三・前民主党最高顧問、そして小沢一郎氏も、葉たばこ農家や販売店組合の支援を受けていた。

「葉たばこの買い取り価格を決める『葉たばこ審議会』には、自民党議員がどっと押しかけるので、たばこの値段はほとんど据え置きでしたね」と、元JT幹部は懐かしがる。 が、葉たばこ農家の減少や政権交代の影響で「たばこ族議員」は雲散し、代わって台頭してきたのが千葉氏のような「JT族議員」である。

現在、「民主党たばこ産業政策議員連盟」の顧問には、羽田孜元首相と渡部恒三氏という、かつての「たばこ族議員」が名を連ねているものの、会長は横路グループの鉢呂吉雄衆院議員、副会長には部落解放同盟を支持母体とする松本龍衆院議員、事務局長には「味の素」労組出身の城島光力衆院議員が座り、労組系・旧社会党グループが主軸になっている。彼らに、自民党時代の「たばこ族議員」のような政治力がないことは一目瞭然だ。

JT労組の関係者もこんなホンネを漏らす。

「議連には約140人の議員が名前を連ねており、松下政経塾出身者を含めて多士済々ですが、名簿は原則非公開。今どきたばこの味方をすればイメージダウンになるからです。結果として、増税反対を唱えることができるのは労組などの支援母体がしっかりした人だけ。旧社会党系の議員に頼らざるを得ない事情があるのです」

子会社役員の年収に仰天

JTへの風当たりの強さは、政治的状況だけではない。JTの10年3月期連結決算は、営業利益が18.5%のマイナス。九つある工場のうち盛岡工場(従業員数122人)、米子工場(同141人)を閉鎖し、来年3月には小田原工場(同151人)も閉める予定だ。かつてグループ全体で3万人を超えていた従業員数も1万人を割った。

JTの11年3月期連結決算の業績予想は、売上高が前期比2.5%減の5兆9800億円、税引き後利益も3.9%減の1330億円と、減収減益になる見込みだ。「来年以降、グループ全体の組織改編が避けられず、食品や医薬事業を整理する可能性がある」(先の元JT幹部)

4月には神奈川県で受動喫煙防止条例が施行され、公共施設やマクドナルドなどの一部飲食店が全面禁煙となり、兵庫県が追随する動きを見せている。これに、さらに追い打ちをかける「値上げシナリオ」が、霞が関で公然と語られ始めた。「財務省とJT経営陣は、すでに一箱800円をゴールにすることで手を結んでいます。毎年100円ずつ5年連続で増税するシナリオを描いているのです」と、JT関係者は言う。

JTは専売公社から民営化されたとはいうものの、財務大臣が株式の50.01%(3月31日現在)を握る「半官半民」の会社だ。JT労組も、国税局や造幣局の労組とともに大蔵労連(全大蔵労働組合連合協議会)に加わっていることもあり、霞が関とは密接不可分な関係にある。いわんや、支配株主である財務省の決定には黙って従うほかない。

ファイザーが08年に喫煙者9400人に行った調査では、たばこが1千円になると禁煙率は79.4%に高まる。そうなれば日本国内の「たばこビジネス」は衰退の一途をたどる。

しかし、意外なことにJT幹部は「国内衰退」にうろたえていない。増税に反対しているのは葉たばこ農家や販売組合へのポーズで、JTは増税路線でも困らない。国内市場の縮小を見越して、喫煙率が高い中国、ロシア、南米などの海外市場に軸足を移してきたからだ。これまでにJTは米国のRJRナビスコや、「キャメル」「セーラム」などを持つギャラハーグループなどの海外たばこメーカーの買収に成功し、販売本数で世界第3位の「たばこグローバル企業」の座を占めているのだ。

海外部門のJTインターナショナル(JTI)の業績は好調で、JT本体の苦戦を尻目に、アジア、欧米、ロシアで軒並みシェアを伸ばしている。事実、JTI副社長を務める新貝康司氏は、JT本社ではヒラの役員にすぎないが、10年度の報酬は本社の木村宏社長をはるかに上回る1億4200万円を得ている。JTが海外で生き残る道を見いだしたことを象徴するエピソードだ。

「たばこ一箱800円」への増税シナリオが動き出す前に、JTは日本に見切りをつけていたのだ。

   

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