2010年10月号 GLOBAL
北京五輪(2008年)、上海万博(10年)と、中国の経済成長を引っ張ってきた巨大プロジェクト。その後継として14年に予定されていた「上海ディズニーランド」の開業が「少なくとも1年」延期されることになった。内需拡大の目玉になると持て囃されてきたが、不動産バブルの過熱を恐れる中国政府が急ブレーキを踏んだ。しかし、引き締めが過ぎれば、中国の経済成長、ひいては世界経済を冷やしかねない。
上海ディズニーの建設予定地は、上海市の浦東国際空港に近い浦東新区にある。上海市の関連企業が57%、米ウォルト・ディズニーが43%出資する合弁事業だ。パーク本体の面積は第1期で150と、東京ディズニーランド(51)の約3倍。投資額は244億元(約3026億円)で、上海万博の投資額286億元に迫り、その経済効果は1兆元(約12兆4千億円)に及ぶと試算されている。
昨年11月に上海市と米ディズニーが14年開業で合意し、中国政府もいったんは了承したが、その後、上海の不動産バブルがいよいよ過熱。その抑制を目指す中国政府が、上海ディズニーの開業延期に踏み切った。先延ばしは当面1年だが、状況次第では再延期もありそうだ。
背景には、中国の過剰な固定資産投資と金融緩和がある。08年秋以降の世界同時不況の影響で輸出が落ち込んだ中国政府は、内需振興に4兆元(約50兆円)を投ずる景気対策を打ち出し、地方政府に対して、集合住宅や道路、橋梁などのインフラ整備を行う国有企業への貸し付けを奨励した。
銀行は09年の1年間に前年の2倍を超える10兆元近い新規融資を行った。さらに住宅ローンの頭金は一律2割で可とし、金利も優遇した。 この結果、国内景気は大幅に持ち直した。中国政府の統計によれば、昨年1年間で、住宅価格は12%も上昇した。住宅は居住用より富裕層の投機対象と化し、一般の中国人の手の届かないものになっている。
特に中国随一の経済都市、上海では01年以降、住宅価格が右肩上がりを続けている。09年には街の中心部の環状道路「内環状線」の内側で竣工した新築住宅は1㎡当たり3万元(約37万2千円)を超え、「外環状線」の内側でも同2万元(約24万8千円)以下の新築物件はなくなった。ちなみに上海市民の平均年収(08年)は3万5千元(約43万4千円)だ。
特に上海ディズニー建設予定地周辺の地価高騰はすさまじいものがある。建設予定地から約3キロ離れた開発用地の価格は、建設発表前日の6.9億元(約86億円)から、発表後に11.9億元(約148億円)に跳ね上がった。一夜にして5億元 (約62億円)の上昇だ。仮にここにマンションを建てれば、分譲価格は1㎡当たり1万4千元となり、現在の同地区の平均価格である7800元の倍近くに跳ね上がる。不動産バブルそのものだ。
中国政府は4月中旬、3軒目の物件購入への住宅ローンを認めないことや、最低頭金の5割への引き上げなど投機抑制策に乗り出した。この結果、不動産市況は急速に冷え込んでおり、主要都市における5月の不動産成約面積は、前月比で44%も減少した。特に北京、上海、杭州、南京の成約面積は史上最低レベルに縮小している。しかし、6月から7月にかけての中国全土の平均不動産価格は横ばいとなり、8月に入ると、主要30都市の不動産価格は再び前月の水準を上回った。とりわけ北京の不動産価格は前月比で12%も上がり、上海、広州、寧波などの都市でも「引き締め」前の水準に回復してしまった。中国政府のブレーキの踏み方は甘かったようだ。
とはいえ、バブルの膨張・破裂は怖いが、引き締めすぎると肝心の経済成長が止まってしまう。中国の経済運営の最高責任者である温家宝首相は7月、「景気回復の複雑さは予想を超えている」「経済政策の直面するジレンマは増えつつある」と語った。中国の宰相が経済運営について弱気の発言をするのは、極めて異例だ。最大のジレンマは不動産対策である。不動産バブルを放置すれば金融リスクが高まり、抑え込めば景気が失速する。どちらの道を選ぶのか。上海ディズニーの開業延期は、中国政府の綱渡りの経済運営を象徴している。