牢獄の受刑者「反転」の緊迫

映画『ストーン』

2010年11月号 連載 [IMAGE Review]
by K

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映画『ストーン』

映画『ストーン』(10月30日(土)より銀座シネパトスほか全国でロードショー)

監督:ジョン・カラン/出演:ロバート・デ・ニーロ、エドワード・ノートン ほか/配給:日活

「汝、静まりて我の神たるを知れ」(旧約聖書・詩篇)。文明の喧騒の真っ只中に身をさらして静かに耳を傾けた時、聞こえてくるものは何だろう。現代人の精神的危機を濃密な心理ドラマとして展開しているのが、今年の東京国際映画祭特別招待作品『ストーン』。ベテラン大スターのロバート・デ・ニーロら主要登場人物は少ないが、メッセージ性の強い内容で、久しぶりの本格的映画に出会った。

デトロイト郊外に住むジャック・メイブリー(デ・ニーロ)は、妻マデリン(フランシス・コンロイ)と結婚して43年、日曜ごとに夫婦で教会に通い、決まりきった毎日を送ってきたが、まもなく定年。職業は、受刑者と面談して仮釈放審査会のための書類を作成する仮釈放管理官。最後に担当する受刑者は、通称ストーンという放火犯(エドワード・ノートン)で、8年間服役し、あと3年の刑期を残し仮釈放を切望している。

刑務所暮らしにうんざりしているストーンは、ジャックの質問に対し反抗的。ジャックに「話に応じなければ仮釈放はない」と言われたストーンは、自分の妻ルセッタ(ミラ・ジョヴォヴィッチ)にジャックを誘惑し、書類に手心を加えさせるよう指示する。

魅力的なルセッタは昼は幼稚園で教え、夜は男たちに体を売る日々。受刑者の家族との個人的接触は規則違反なのでジャックは接触を拒むが、結局はセクシーなルセッタの甘い誘いに乗り、その虜になる。しかし、この間、ストーン自身に大きな変化が訪れた。不安な気持ちから逃れたいと、刑務所内にあった新興宗教の案内にひかれ、精神世界に目覚めていったのだ。これに対しジャックは、仮釈放を得たいがための演技だと思って取り合わない。

老練のデ・ニーロと、41歳の働き盛りノートン。場面の中心は、この実力派俳優同士による緊迫感のあるやりとりで、両者の力関係が徐々に反転していくのが面白い。一見敬虔で正義をかざすジャックだが、心の中は空虚だ。ジャックに対する妻の愛情も冷えていて実質仮面夫婦だったが、ルセッタに会ってからの夫の挙動不審に妻としてのプライドが傷つけられる。一度別れようとして別れなかったことが悔やまれてくるのだった。

ストーンは、音が体を通ると人間が変わるという教えに従い、「ヒュー」と声を出しながら一心に何かを聞こうとし、ついには安らぎを感じ取るようになる。一方、皮肉にもジャックの耳に残るのは、映画の始まりから最後まで耳障りなハチの羽音でしかない。

監督は、国際的に評価が高いジョン・カラン。脚本は1992年のサンダンス映画祭以降注目されている劇作家のアンガス・マクラクラン。心理劇としての手強さは、戯曲として書いた作品を映画向きに直したことにあるだろう。撮影には実際の刑務所を使い、職員や受刑者らと会って綿密な役作りを重ねた成果が出ている。

それにしても本来、みずみずしい感覚を持っていたはずの脳が物質的欲望でがんじがらめになり、牢獄と化してしまった我々現代人。錠前を砕き自由なスピリットを解放することによってしか再生の道はないと、この映画は語っているように思える。

   

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