「肉食系」ヴィトンが狙うエルメス

難攻不落の同族企業の株を、ひたひたと2割まで買い集め。アルノーに一族切り崩しの秘策はあるか。

2011年2月号 BUSINESS
by ジャンクリストフ・ドグヴィル(フランスのジャーナリスト)

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エルメスのベルトラン・ピュエッシュ(左)とLVMHのベルナール・アルノー会長

AFP=Jiji

10月23日朝、フランスの有名ブランド「エルメス」を経営するエルメス・インターナショナルの電話が鳴った。オーナー一族の代表、ベルトラン・ピュエッシュ(74)の背筋には冷たいものが走ったろう。相手は世界最大の高級ブランドのコングロマリット「モエヘネシー・ルイ ヴィトン」(LVMH)のベルナール・アルノー会長(61)だったのだ。エルメス買収をもくろんでいるとされる人物である。

電話のアルノーは「LVMHによるエルメス株の保有率が14.2%になった」と告げた。そして「今後はLVMHの存在感が増すことになるが、あくまでもこれは友好的な投資だから」と付け加えることも忘れなかった。

会長直々のこの電話から約2時間後、LVMHは同じ内容の声明を世界に向けて発表した。

その3日後、同社は株式交換で保有率を17.1%に押し上げ、クリスマス休暇前の12月21日には、さらに買い増して保有率が20.21%になったと公表した。

創業者一族が株を7割保有

エルメスは創業者の子孫が株の約7割を保有する同族企業で、これまで買収は困難とされてきた。しかし今回、その難攻不落の城の一角が切り崩されたといってよい。数々のブランドの名城を落としてきた覇者、アルノー陣営が2割を得た意味はそれほどまでに大きい。この2011年は、エルメス経営陣にとって夜もおちおち眠れない状況が続く年になるのは間違いない。

LVMHは60以上もの高級ブランドを束ねていることで知られている。ルイ ヴィトン、セリーヌ、ヘネシー、ジバンシィ、ドン ペリニヨン……。しかし、いずれのブランドも、アルノーの所有欲を十分に満たしたとはいえない。エルメスほど、心底欲しいと思う獲物はほかにはないのではないかと思われる。

アルノーが高級ブランドを次々と攻略してきた「やり口」をエルメス一族はよく知っており、それだけに恐怖も大きいはずだ。一度狙われたら、どんな対抗策を講じても、いつのまにか足場を切り崩されてしまう。どうしたら彼の餌食にならないで済むか、これは難問に違いない。アルノーという経営者には、何より「財界のサメ」「乗っ取り屋」という呼称がよく似合うのだ。

エルメスの一族代表に自ら電話をかけて宣戦布告するような大胆さを見せるかと思えば、昨日の約束を今日は反故にする変わり身の速さにも定評がある。株主一族の分裂を図るなど冷徹なやり方も辞さない。

ワインの名産地ボルドーの高級酒シャトー・ディケム買収ではリュルサリュース家による同族経営の弱点をうまく衝いた。本家に反目する一族の株(55%)を96年に集めたのだ。当主が気づいた時にはすでに裸の王様。株取得方法の有効性が裁判で争われたものの、一族がバラバラでは打つ手がなく、最後には当主自身も手元に残ったわずかな株式を手放すしかなかった。一族が今日のビジネス手法に不慣れだったことはともかくとして、400年来の歴史を誇る世界的銘柄はこうして巧みな手腕のアルノーの手に落ちた。

ゲラン、ジバンシィ、ケンゾー︱︱LVMHが高級品のリーダーカンパニーと名乗る背後には、同様の死屍累々の光景が見える。 

アルノーの初めての大仕事は84年、35歳の時だ。自己資金4千万フランを投じ同族経営で傾いた繊維大手ブサックを買収した。分社化しないことと、雇用を守ることを条件に、政府支援と銀行融資の取りつけに成功。3年後に会社の資産価値が約80億フランとなった時点で解雇を断行し、会社の大部分を転売してしまった。このときアルノーが満を持して手元に残した会社がクリスチャン・ディオールだった。

以来、高級ブランド市場の潜在需要に目を付けたアルノーの拡大戦略は勢いづく。乗っ取り先との法廷闘争がつきまとうことにはなったが、89年には資産300億フラン企業となっていたLVMHの筆頭株主として、アルノーは世界の檜舞台に躍り出た。

では、LVMHはエルメス株をどうして買い増すことができたのだろうか。01年の時点で4.9%だった持ち株比率は、10年10月に17.1%に達した。この時点で、LVMHは一族に次ぐ主要株主になっている。

今回は、株式交換を利用して情報開示を逃れたとされている。ルクセンブルク、アメリカ、パナマの金融機関が市場に出ているエルメス株を密かに買い集め、それをLVMH現地子会社に譲渡するという形をとったという。

エルメス社定款によると、5%、10%、15%以上の株を取得した際に株主は、その事実と投資目的を社に説明する義務が生じることになっているが、逆にいえば、それぞれの水準を超えるまでは報告の必要がない。ただし、こうした取引規制の網の目をかい潜るやり方をすんなり認めるべきではないとする声は多い。

金融市場庁が調査の構え

LVMHが直前まで公表せずにエルメス株17.1%を取得した件では、AMF(フランスの金融市場庁)が調査に乗り出す構えを示している。金融当局もこうした不透明な動きがパリ市場のイメージダウンにつながりかねないと危惧しているのだ。

一方、踏み込まれたエルメス側の防衛体制はどうか。エルメス・インターナショナルの90年定款が盾となる。TOB(株式公開買い付け)などの攻勢を避けるために、エルメスは合資会社になっている。万が一、創業者側の持ち分が少数派になっても、経営陣はそのまま運営を続行でき、この定款を書き換えるには同じ経営陣の承認が必要というハードルを設けているのだ。

10年12月、創業者一族は持ち株会社を設立する方針を表明した。一族が保有するエルメス株の50%以上を統合し、メンバー株購入の優先権を持たせるというものである。この仕組みによって、例えば一族のメンバーは、保有株がアルノーの手に落ちるリスクを避けつつ売ることができるようになる。

この持ち株会社の立ち上げについてAMFはすでに承認、風向きとしては成立する気配が濃厚だ。

だが、もともと“肉食系”のアルノーが、最高の獲物を前にして諦めるなどと言うはずがない。エルメスの経営基盤は良好であり、利益率も高く、株価は01年比で75%も値上がりしている。エルメス買収という長年の夢を実現させるためのアルノーの次の一手は何か。

攻略対象は、資本の約73%を保有する60人余の創業者一族しか考えられない。いかなる手立てを用いても一族の結束にヒビを入れ、籠絡しようとするのではなかろうか。

LVMHとエルメスとでは、企業理念に大きな隔たりがある。20世紀の貪欲で直截的な競争経済を体現するLVMHに対し、品質優先という19世紀ブルジョアジー的なスタイルを売りにして成功しているのがエルメスだ。両社とも高級ブランド市場で世界展開を果たした雄だが、果たして勝者はどちらか。同族企業としてブランド業界では数少ない生き残り組のエルメスが、そう簡単に屈服するとも思えない。(敬称略)

著者プロフィール

ジャンクリストフ・ドグヴィル

フランスのジャーナリスト

仏政経財界関係者のインタビューや過去4回の仏大統領選挙の取材経験がある。

   

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