「人口1億人キープ」を日本のキーワードに!

斎藤 勝利 氏
第一生命保険会長、日本経団連副会長

2011年10月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋

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斎藤 勝利

斎藤 勝利(さいとう かつとし)

第一生命保険会長、日本経団連副会長

1943年東京生まれ。67年一橋大商卒、第一生命保険入社。94年取締役調査部長。2004年社長就任。10年相互会社から株式会社への転換を実現し、今年6月会長に。5月より日本経団連副会長も務める。若き日にロンドン駐在事務所の開設を担当。屈指の国際通である。

写真/平尾秀明

――東日本大震災から半年が経ちました。その影響を、どうご覧になりますか?

斎藤 日本人の誰もが、あの日、あの時、自分は何をしていたのか、永久に忘れないでしょう。この震災によって良い意味でも悪い意味でもわが国の「岩盤」が露出したように思います。足らざる点はリスク管理です。100%事故を防止するという発想が優先され、事故が発生した場合の対策を講じておく、という考え方が徹底できていませんでした。その一方で、国難に直面してわかったことは、日本人の絆の強さです。冷静で穏やかな東北の方々の姿が、世界で感動を呼びました。その後英国で起こった暴動との比較で、世界中の人々がこのことを再確認したのではないでしょうか。

――生保業界の震災対応は?

斎藤 たまたま当社の渡邉社長が生保協会長を務めていましたが、業界が一致団結して、質の高い対応ができたように思います。まず、震災直後に全生保が、地震による免責条項等は適用せず、災害関係保険金・給付金を全額お支払いすることを決めました。特にご評価いただいたのは「災害地域生保契約照会制度」の実施ですね。これは被災されたお客様が、加入していた生保会社がわからず、保険金の請求をできない場合に、専用の電話照会センター(または最寄りの生保)にお名前と生年月日、ご住所などを仰っていただければ、生保協会から生保全社にご契約の有無を照会し、契約を有する生保会社から必要なお手続きをお知らせする制度です。これまでに約6千人分の調査を行い、そのうち約65%のケースで契約が判明し、ご連絡を行いました。さらに、生保各社は迅速なお手続きを通じて被災された方が一刻も早くご安心いただけるようお客様の安否確認に総力を挙げ、現在では業界全体で99.9%の安否確認を終えています。多数の行方不明者への対応や震災孤児の支援にも手を尽くし、大震災による生命保険の支払い見込み金額は推計で約2千億円にのぼります。

――今後の復興政策をどう考えますか。

斎藤 今回の大震災の教訓は、都市や産業基盤の過度の集中は非常に危ういということです。震災に強い街づくりとともに、甚大な震災被害を受けることを想定した都市機能の代替案も準備すべきです。防災インフラの見直し、道州制の先行導入を視野に入れた広域連携、大胆な規制改革を伴う復興特区、安全・安心なコンパクトシティづくりなど、復興メニューはたくさんありますが、「日本は国土全体が吊り橋の上にかかっているようなもの」と表現したと伝えられる物理学者・寺田寅彦の警句を忘れてはなりません。我々日本人にはいわば「常在災害」の心構えが必要なのだと思います。

野田新政権のリーダーシップに期待

――野田新政権が発足しました。

斎藤 新総理は自分の言葉で語っておられ、多くの国民から信頼感を得てのスタートとなりました。経済界は「6重苦」(円高、重い法人税、行き過ぎた温暖化対策、硬直的な労働規制、経済連携協定の遅れ、エネルギー問題)に見舞われ、ますます苦難が増しています。このまま放置すれば、企業は海外にさらに活路を求め、国内生産と雇用は縮小します。新総理は法人税の引き下げや円高・空洞化対策、社会保障と税の一体改革等で経済界と考え方が近い。大いに期待しています。

――政府の震災対応をどう評価しますか?

斎藤 阪神大震災の復興予算は4カ月後に成立したのに、今回は野田政権が編成する第3次補正予算に持ち越されました。前政権はしばしば政策の決定過程が不透明で、打ち出された政策について唐突感が否めないケースが少なからずありました。野田政権は、山積する懸案の全体像を明らかにし、どのように取り組むのか明示したうえで、強力なリーダーシップを発揮してほしいと思います。

人口こそが我が国の盛運を担う

――社会保障担当の経団連副会長として「人口減少問題」に警鐘を鳴らしていますね。

斎藤 我が国は大震災からの復興という課題に直面する一方で、少子高齢化・人口減少という「静かなる有事」への対応を迫られています。

2010年の合計特殊出生率は1.39。このように低水準で推移すると2055年には人口は8993万人に減少すると予測されています。55年に生まれる子どもの数は46万人(10年は107万人)に減り、生産年齢人口も半減します。日本人の平均年齢は55歳とかつての定年年齢まで上昇し、日本は1人の高齢者を現役世代1.3人で支える超高齢社会になってしまいます。これでは、財政・年金制度、医療・介護などの国民生活を支えるシステムも崩壊しかねません。政府は「人口こそが国の盛運を担う」と明確に位置づけ、人口減少の脅威を繰り返し訴えていくべきです。

――「人口1億人キープ」を唱えていらっしゃいますね。

斎藤 厚生労働省によると、将来結婚したいと考えている人は男性で87%、女性で90%と高い比率になっており、希望する子どもの数も2人を超えています。こうした国民の希望がすべて叶えば、出生率は1.76まで回復し、55年の総人口は1億391万人にとどまるという試算結果も出ています。「静かなる有事」を克服するには、まず「人口1億人キープ」など、具体的な数値目標を共有するべきではないでしょうか。

――どうしたら子どもの数が増えますか。

斎藤 まず女性が仕事か出産かの二者択一を迫られる現状を改めなければ。今の日本では出産・育児に伴う機会損失が大きすぎます。企業としても育児休業制度や短時間勤務制度によって女性の育児と就労の両立を支援していますが、女性が求めているのは、このような業務負担の軽減だけではありません。むしろ、出産前と同様に、そして男性と同じように、フルタイムで働き続けたいという要望に応えていかない限り、出産が女性にとってハードルであり続ける状況は大きくは変わらないと思います。

我が国の生産年齢人口の急減は、労働生産性の向上や移民で補えるレベルではなく、今後、女性の就労を一層促す必要があります。そのための諸施策に要する費用は、将来への投資として、公費を投入することについて国民に広く理解を求めるべきです。政府が出産を奨励することは、戦時中の「産めよ殖やせよ」を想起させることからタブー視される傾向がありますが、子どもは社会の宝です。その宝を育てている親たちをしっかりとサポートしていく、そういう姿勢を政府が明確に示すことが、将来親になる若者にとって出産のハードルを低くすることになると思います。

   

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