村岡 洋文氏 氏
弘前大学北日本新エネルギー研究所副所長・教授
2011年11月号
LIFE [インタビュー]
インタビュアー 本誌 上野
1951年山口県生まれ。75年山口大卒、77年広島大大学院地質学鉱物学専攻博士課程前期修了。89年八甲田山地域のカルデラ研究で理学博士号取得。78年工業技術院地質調査所入所、新エネルギー総合開発機構、産業技術総合研究所等を経て2010年より現職。IEA地熱実施協定の日本代表。
――天候に左右されずCO2も排出しない地熱発電が注目されています。
村岡 地下の熱水資源を利用して発電する地熱発電は今、世界的に石油危機時以来のブームが起きています。地球温暖化対策で各国が力を入れているためです。地熱資源埋蔵量第1位の米国では2006年、マサチューセッツ工科大の専門家チームが「地下10キロまで開発すれば50年には全米で1億キロワットの発電が可能」との報告書を出しており、オバマ政権での地熱関連予算大幅増の火付け役になりました。
――村岡先生は資源埋蔵量第2位のインドネシアで研究協力をされていますね。
村岡 ええ。インドネシアは経済が順調で、毎年エネルギー需要が7~8%増加。すべてのエネルギー源を伸ばす必要があり、政府の地熱発電ロードマップで「25年に950万キロワット」を目標にしています。03年には地熱法を制定、国が基礎的なデータを提供することなどを定めて開発しやすくしました。そこで日本はインドネシアの地熱開発をODAで積極的に支援し、国際協力機構や国際協力銀行などの機関が人材支援や機材供与を行っています。世界の地熱発電は日本企業が支えており、地熱タービン製造は富士電機、三菱重工業、東芝の3社で世界シェアの7割を占めますが、インドネシアでは実に9割が日本製。伊藤忠商事や丸紅、三菱商事など商社も関わり、九州電力や子会社の西日本技術開発など調査開発企業も現地で活躍しています。中米諸国の地熱開発でも日本の貢献は大です。
――一方で国内地熱開発はさっぱりです。
村岡 日本の地熱資源埋蔵量は世界第3位。最高レベルの技術もあるのに、実際の発電量は8位です。開発の大きな障壁の一つが立地。国立公園や国定公園が国土面積の4%を占め、旧環境庁の通達などにより園内は地熱開発が規制されています。地理情報システムを使った評価では、150℃以上の浅部熱水資源の82%がこの規制区域内にあることがわかりました。地熱発電所は生態系への影響はなく、景観への配慮も可能。新政権のもとで規制緩和が強く望まれます。
温泉との競合も足枷です。国内には2万8千もの温泉があり、これまで温泉枯渇を懸念する地元の反対で地熱開発が進まないケースがありました。ただ日本の地熱発電所はすべて使い終わった熱水を地下に還元しており、資源が涸れる心配はほとんどないと思います。
最近は地熱で「バイナリ発電」の技術が進み、温泉との共存に新たな可能性が出てきました。従来の「蒸気フラッシュ発電」は地下から噴き出す200℃以上の熱水の蒸気を抽出し、タービンを回して発電します。これに対してバイナリ発電は比較的低温の熱水をポンプでくみ上げて熱交換し、沸点の低いペンタンやアンモニアを沸騰させてタービンを回します。効率は劣りますが、このバイナリの技術で現在ある温泉のお湯をそのまま利用し、温泉発電ができるようになったのです。しかも温泉は薄めるわけにいかず、事業者は湯温を冷ますのに苦労していますが、小さなバイナリ発電機を導入すれば発電し終わった熱水は53℃になり、薬用成分を薄めずに適温化できて50キロワットの発電もできる。まさに一石二鳥です。発電に理解を示す温泉地も増え、現在は新潟や伊豆半島で実験計画が進んでいます。仮に全国の温泉で温泉発電をすれば、新たに掘削しなくても推計で72万キロワットほどの発電量が得られます。
このバイナリ技術の発展で、世界の状況も変わってきました。地球は地表から1キロ掘り下げるごとに30℃温度が上がり、深い井戸を掘ればどこでも地下温度が上昇します。地熱資源のほとんどないドイツは深さ3~4キロの井戸を掘り、すでにバイナリ発電で三つ発電所を造りました。陸域ならどこでも地熱発電が可能になったといえます。
――再生可能エネルギー特措法の成立で、今後の地熱開発は進みますか。
村岡 日本の地熱発電量は、90年代後半からまったく伸びていません。新エネルギー法から地熱を一時除外するなど政策がどんどん後退し、補助金が削られ続け、唯一残っていた地熱開発促進調査への補助も先頃、事業仕分けでなくなりました。こうした中で固定買い取り価格がいくらになるかが焦点です。1キロワット15円程度では進まないでしょう。地熱の「失われた15年」で研究機関では研究者が大幅に減らされ、今は地熱を学んだ学生の半分以上が異分野に就職せざるを得ない。こんな状況は資源国で日本だけです。
――地熱開発には時間もかかりますね。
村岡 日本の開発障壁の最たるものは国の政策。支援が得られない点に加え、縦割り行政が大きな問題です。資源エネルギー庁は地熱の発電コストをLNGや石炭火力より高い8~22円としていますが、日本の地熱発電所建設は、90年代にはなんと15~25年かかっていました。環境アセスメントだけで4年。そのうえ井戸を掘るために年2回しかない温泉審議会にかけたり、電気事業法、自然公園法など縦割りの許認可を一つ一つクリアしていかなければならず、今も発電開始までに10年はかかります。これではコストが増大するのは当たり前で、企業の参入は難しい。ドイツでは4年しかかかっていません。地熱法や地熱特区を制定するなど、開発リードタイムが短くなる制度整備がぜひ必要です。
――先頃、17万キロワット分が早期開発可能との報道もありましたが、大震災の被災地、東北での可能性はいかがですか。
村岡 日本列島の中で、東北は北海道と並び地熱資源の豊富な地域。日本の潜在的な地熱エネルギー量2347万キロワットのうち1800万キロワットほどが東日本にあり、中でも東北に集中していますから、開発のポテンシャルは非常に高いと思います。しかも寒い地域では地熱のメリットは発電にとどまりません。青森に住んでみるとどこのお宅にも冬の暖房のために大きな灯油タンクが置いてあり、灯油代だけで年10万円近くかかっている。しかしもし近くに地熱発電所を造れば、発電後の熱水は膨大な量ですから、地下に還元する前に各家庭の暖房、給湯、さらには融雪や温室にも使える。何倍にも有効活用できる「カスケード利用」が可能なのです。
よいお手本が北の火山国アイスランド。全家庭の9割は地熱発電所からきた熱水で暖房をしており、国のエネルギーの7割近くが地熱。かつて石炭暖房のスモッグが空を覆っていたのが嘘のようなクリーンな空気です。東北に限れば、現在の技術でもエネルギー需要の3割は地熱でまかなえるはず。災害の多い日本の国土をプラスに活かすのは政府のやる気次第です。今後の復興や地域経済のためにも、ぜひ東北で地熱開発をやるべきだと思います。