分厚い調査報告書に隠れた大手弁護士事務所「法テク」の大罪。レッドフラッグを見過ごしたのはなぜか。
2012年2月号 DEEP
森・濱田松本法律事務所のウェブサイト
12月6日にオリンパスの第三者委員会が発表した185ページに及ぶ調査報告書に続き、1月10日には取締役責任調査委員会が添付資料を含め全190ページの報告書で19人の現旧取締役の責任を認定した。が、そのボリュームに圧倒されて、肝心な点が見落とされている。
オリンパスの法律顧問の責任である。事件発覚まで同社の法律顧問は、国内4大法律事務所のひとつで300人以上の弁護士を抱える森・濱田松本法律事務所だった(事件後辞任)。年収が優に1億円を超えるであろうパートナーの宮谷隆弁護士が総会対策などのガバナンス(企業統治)、同じく高谷知佐子弁護士が労務を担当していた。
彼らは何をしていたのか。
社長を解任されたマイケル・ウッドフォードは、日本で一番有名なウィッスルブロワー(内部告発者)になったが、オリンパスにはその元祖がいる。検査機の販売担当だった浜田正晴である。07年に取引先の人材を引き抜こうとした上司を「企業倫理に悖(もと)る」と社内通報した。
が、通報の窓口だったコンプライアンスヘルプライン室が上司らに“逆通報”し、浜田は左遷された。不正競争防止法違反のリスクを訴えたのに、露骨な人事での報復だ。昨春、社長就任早々のウッドフォードに会ってその体験を明かしたが、新社長はキョトンとしていた。半年後にまさか自分が同じ目に遭うとは思っていなかったのだ。
内部通報制度は、雪印食品の牛肉偽装など企業不祥事を受けて施行された公益通報者保護法に先駆けたはずだったが、実態は「ゲシュタポ機関」。10月14日の取締役会でウッドフォードがあっさりクビになった事件とともに、底流には経営側の陰湿な企みを正当化する会社側顧問弁護士の「法テク」がある。
不当な左遷だと裁判所に訴えた浜田には、高谷弁護士が業務上の必要性といった企業の配転命令権から営業の自由まで、憲法や民事訴訟法を繰り出して対抗した(昨年8月、東京高裁で浜田側が逆転勝訴)。ウッドフォードの場合も宮谷弁護士らが取締役罷免を定めた会社法を盾に、「内部情報の漏洩」と逆提訴をチラつかせたのである。
「経営トップによる処理および隠蔽」「企業風土、意識に問題」「監査法人が十分機能を果たさなかった」「外部協力者の存在」……第三者委報告では10項目にわたって事件の原因を分析するが、弁護士責任については意図的にか、指摘がない。「189回もヒアリングした」と豪語しながら、11項目の再発防止提案でも森・濱田に触れていない。
第三者委報告に目を凝らすと、法令順守違反の兆しともいえる「レッドフラッグ」を森・濱田が看過していた傍証が浮かぶ。例えば英ジャイラス買収をめぐるファイナンシャル・アドバイザー(FA)への成功報酬。損失の穴埋めにジャイラスの優先株で報酬を支払うカラクリだったが、6億ドル超と買収価格の3割を超す法外な額のうえ、優先株引き受けの契約書にジャイラス側として森久志前副社長が署名するなど利益相反が濃厚。大手渉外事務所の間では「アドバイザリー報酬の契約書を作成した米大手法律事務所も森・濱田の親密先」との評判だ。
10月11日、当時のウッドフォード社長が菊川会長に送ったPwC報告書のファイルを添付したメールのccリスト(丸印が森・濱田の宮谷弁護士)
にもかかわらず、08~10年の取締役会でジャイラス関連は毎回10~30分程度で終わるシャンシャン会議だった。米国などの海外企業なら「取締役として十分に情報を収集しなかった」と善管注意義務違反で取締役責任が問われるだろうが、森・濱田が指導した形跡はない。
報告書で一方的にヤリ玉にあげられたあずさ監査法人は99年から「飛ばし」の事実を指摘していた。09年4月にも巨額のアドバイザリー報酬や支払先を問題視して通知書をオリンパスに送っている。監査役会も、中村・角田・松本法律事務所の松本真輔弁護士など外部専門家に調査を依頼しているが、こうしたやり取りが法律顧問だった森・濱田の耳に入っていないわけがない。現にあずさが09年6月に監査法人を降りる事態となったことが黄信号だった。
1月発表の報告書第2弾では、委員会の使命は取締役の責任を問うことに限定されている。損失先送りを目的としたM&Aに関連した注意義務違反や違法配当の可能性などの取締役責任を吟味したのはいい。その結果、19人が「責任あり」、25人が「責任なし」と分かれた。だが、当の取締役責任調査委員会を構成する3人はいずれも弁護士であり、同業である森・濱田の関与と責任に言及しないのは、弁護士同士のかばい合いと見られかねない。
のれんに腕押しの経営陣に業を煮やしたウッドフォードは解任前の昨年10月11日、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)の知人に個人的に頼んだ不正調査書をメールに添付して、菊川剛前会長ら役員はもとより、同報(cc)で森・濱田の宮谷弁護士にも送信している。
だが、「宮谷弁護士は問題を直視するどころか、菊川前会長が率先したウッドフォードの解任を黙認した」とウッドフォード自身が周囲に漏らしているという。取締役責任調査委員会が、解任の責任を十分に追及していないのは、宮谷弁護士に配慮したためだろうか。たった9分で解任を決めてしまう取締役会では「事実認識の過程に不注意」があったとしか思えない。
本誌の質問状に森・濱田は「守秘義務」を盾に「具体的な質問には答えられない」と答えた。ただ、「顧問弁護士であっても、依頼者からの具体的な委任を受けてはじめてその業務を遂行する立場にある」とし、会社法に基づく権限・責任を有する取締役・監査役・会計監査人とは違うという。依頼がない限り、M&Aなどでアドバイスを行うことはなく、法律顧問を辞したのも会社との信頼関係がなくなったのが理由ということらしい。
されど「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」。弁護士法第1条1項を森・濱田はもう一度読み返すがいい。(敬称略)