増資インサイダーをめぐって畑中金融庁、佐渡証券監視委と全面戦争。これは無傷では済まない。
2012年6月号 BUSINESS
強気を崩さない野村HDの渡部賢一CEO
Reuters/Aflo
金融庁・証券取引等監視委員会と野村ホールディングス(HD)が全面戦争に突入した。証券監視委が4月25日、野村証券への異例とも言える「特別検査」に踏み切ったからだ。野村は今春に業務全般の状況を定期的に確認する一般検査を終えたばかり。にもかかわらず、間髪を入れず特別検査に入ったのは、2010年の国際石油開発帝石(INPEX)の増資に絡むインサイダー取引や、同年の公募増資の際の東京電力株の不自然な動きへの野村の関与を徹底的に調べるためとみられる。
監視委の佐渡賢一委員長は、この立ち入り検査の真意を「これは野村とうちの全面戦争ということだ。一歩も引くつもりはない。徹底的に戦う」と言い切った。経済産業省の木村雅昭元審議官によるエルピーダ株インサイダー事件でも、立件見送りとの見方が強まるなかで佐渡は当初から「やるといったら必ずやる(立件する)」と言い続け、逮捕、起訴にこぎつけたが、その有言実行の男が「全面戦争」と断じたことは大きい。
INPEX株の増資を事前に聞きつけた運用担当者が、保有株売却や空売りでインサイダー取引を行った中央三井アセット信託銀行(現三井住友信託銀行)に課徴金納付命令を出すよう金融庁に勧告したが、増資情報を漏らした野村証券側は26歳の営業部女性社員を張本人として差し出しただけ。金融庁は監視委の勧告や一般検査の結果を受けて、内部管理体制の不備を理由に業務改善命令などの行政処分を行う腹づもりだったが、野村の“非協力”で十分な証拠が得られず、「行政処分するのは難しい状況」(大手証券関係者)。
佐渡が野村にカンカンなのはそのためで、「野村は若い女の子に全部かぶせて逃げるつもりか。野村は構造的に全社がインサイダー体質になっていることに気づいていないのか」と周辺にこぼしているという。
だから、中央三井への処分勧告の際、監視委幹部は「これで終わりではない。別の事案も調べる」との意向を示したのだ。一昨年に相次いだ増資インサイダー疑惑で「別の事案」といえば日本板硝子と東電だが、東電なら主幹事野村に行き着くとされる。監視委がINPEXを深掘りするのか、東電で野村処分の手掛かりを得るのか、野村の命運がそこにかかっている。
金融庁も、野村HDの渡部賢一CEO(最高経営責任者)と柴田拓美COO(最高執行責任者)の対応が腹に据えかねているという。中央三井のインサイダーは、若い女性営業社員の不用意な一言で片付く問題ではない、と考えているからだ。
IPO(株式公開)にしろ、大型増資にしろ、日本の機関投資家が買いに動くのは売り出した株の精々20%で、普通は15%前後だ。8割以上を野村が言う「長期保有してくれる個人投資家」にはめ込むしかない。彼ら個人投資家なくしてIPOも増資も成立しないのが現状だ。
特別検査に踏み切った証券取引等監視委員会の佐渡賢一委員長(左)と金融庁の畑中龍太郎長官
Jiji Press
しかし実はディスカウントで得た株を2、3日後に手放す短期のサヤ取り投資家ばかり。そうしたはめ込み案件が集中するのを避けるために「出物をコントロール」、つまり計画的に株式市場に出さなければならない。だから、案件は事前に全国の支店長に伝えられ、支店長から指示を受けた営業部隊が顧客に営業をかけることになる。
そこに世界に例を見ない「巨大リテール証券会社」の構造問題が潜んでいるのだ。監視委は、支店長や本店幹部から増資やIPOの情報を餌に客に売買を勧めるよう指示したケースを30件以上集め、詳細を固めた。
それでもなお、渡部社長は「野村の社員が儲けるためにインサイダーなんかやるわけがない。やる必要がない。監視委の見立てはおかしい」と強気の姿勢を崩さない。金融庁・監視委も「行政処分がダメなら、あとは刑事告発しかない」と引かない。
野村と当局の関係がここまでこじれたのは、証券社長に国内営業畑の永井浩二を昇格させた3月人事から。渡部・柴田はこれでグループ全体の運営と海外部門の立て直しに専念することになったが、金融庁には事前に一切の相談なしだったという。
インサイダーで引責となれば永井を差し出し、渡部・柴田は生き残る算段か、と金融庁には映った。「こちらは政治的リスクも負っているのに」と畑中龍太郎長官も不満を隠さない。かつてMOF担(大蔵省担当)だった古賀信行HD会長は「(渡部を甘やかした)あなたも同罪」と言われて困惑したという。
本誌1月号が報じたように、リーマンの欧州・アジア部門を買収した野村が、欧州危機で資金繰りに困難を来す事態を金融庁は憂え、メガバンクの三菱UFJか三井住友との資本提携も視野に入れた。野村の格付けが投資不適格にまで下げられた場合は、野村に銀行免許を与えて資本注入する策まで検討した。
幸い、ムーディーズによる3月の格下げは、投資適格最低ランクのBaa3でとどまったが、5月6日の仏大統領選とギリシャ総選挙で、再び欧州金融市場に暗雲が垂れ込めた。いざとなったら、リーマン危機の米欧のように「シニョレッジ(通貨発行権)を持つ国家に資金供給を仰がなければならないのに、インサイダー程度でツッパってどうする」と金融庁は苛立つ。
おりしもオリンパス、AIJ投資顧問の不祥事、そして本誌が追及するSBIまで、野村OBの脱線が目につく。「先輩のことまで責任を負えない」と渡部はわれ関せずだが、当局は「野村の体質にはほっかむりか」と不信を募らせる。
この全面戦争、無傷では済みそうにない。もちろん、野村が抜けたら日本の株式市場はもたないから、金融庁・監視委も「こっちから(息の根をとめる)ボタンを押す気はない」と言っている。だが、トンネルの出口が見えない海外部門に固執し、リーマンを買った失敗を断じて認めない渡部・柴田体制に、当局が退陣圧力をかけて引導を渡す可能性もなしとしない。
追い詰められた渡部が、銀行の軍門に降って大胆な資本提携に活路を見出すのか、もちこたえられず切り売りで詰め腹を切らされるのか、残された時間はもうあまりない。(敬称略)