「野村」渡部の反骨チキンレース

強気一点張りに微妙な変化。だが、古賀の仲裁は蹴った。JTやJALなど待ったなし。

2012年7月号 BUSINESS

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「野村(証券)を追い詰める玉(ギヨク)はいくらでもある」

証券取引等監視委員会(日本版SEC)幹部の言葉を裏付けるように、INPEX(国際石油開発帝石)、みずほフィナンシャルグループ(FG)、そして東京電力、それぞれの増資インサイダー取引をめぐって、監視委は金融庁に対し野村証券に課徴金を課すよう勧告、野村そのものの構造的なインサイダー体質を問題にしている。

「次は青い銀行だから」

例えば、みずほFGの増資の場合。監視委は、野村証券機関投資家営業部の幹部が、投資銀行部門に籍を置くかつての部下から、みずほFGの増資情報を得、それを元にメガバンクのファンドマネジャーに電話をかけ、増資情報を漏らしたとしている。

野村からの電話を録音したそのテープには、こんな言葉がはっきりと録音されていた。

「次は“青い銀行”ですから。よろしく頼みますよ」

“青い銀行”とは、そのロゴマークが青色であることから、みずほFGを指す隠語だ。

また、先の野村の機関投資家担当の営業幹部らが、頻繁に接待を繰り返し、中には高価な大型テレビを贈っていた事実も監視委はつかんでいる。

「さすがに野村の内規で定められた一回の接待基準額を超えたんだろう。ファンドマネジャーに贈ったテレビの場合は、領収証が数回分に分けてあった」(監視委関係者)

野村の内部では、当然ながら投資銀行部門と営業部門とのファイアウォール(情報隔壁)が設けられているはずだった。けれども、その壁よりもまず、かつての同僚、かつての部下、かつての後輩といった人間関係が優先され、伝言ゲームのように囁きが伝わったようだ。

監視委の矢継ぎ早の課徴金勧告に対し、5月半ばまでは「うちの営業におかしな点はないだろう。そんなこと(インサイダー)で儲けようなんて奴は野村に一人もいない」と抗弁を繰り返してきた持ち株会社、野村ホールディングス(HD)の渡部賢一CEO(最高経営責任者)も、さすがに強気一点張りではいられなくなったようだ。ここにきて、当局の怒りを伝える下からの情報も上がってくるようになり、対応に微妙な変化が出てきたといわれている。

「(増資情報漏れが)相次いだということもあって、『うちの営業は本当に大丈夫か』と渡部が周辺に聞くようになった」 

事態を重くみた会長、古賀信行が、金融当局との間に入ってもいいと申し出たようだが、渡部のみならず、野村HDのCOO(最高執行責任者)、柴田拓美も申し出を断わったという。

「渡部も柴田もオレの言うことを聞いてくれない」 

こう古賀を嘆かせた渡部、柴田はともに、当局幹部を接待してお酌をするMOF担(旧大蔵省担当)のポストには、古賀のようについた経験がない。それだけに、当局何するものぞの言動が目立ち、野村OBたちの間にはため息も聞こえてくる。

「あの熊野がいたら……」

4年前、野村証券香港現地法人の中国人社員がインサイダー取引で東京地検特捜部に逮捕される事件があった。この時、特捜部に告発した監視委には、野村証券OBで1970年入社の熊野祥三が委員に籍を置いていた。

当時も渡部は当局への協力を拒否、監視委は東京・日本橋の野村証券本社への立ち入り検査まで検討するなど、正面衝突やむなしの空気が強かった。そこで渡部と当局との間に割って入ったのが熊野だった。

熊野と渡部とは旧知の間柄であり、また熊野は監視委委員長、佐渡賢一の信頼も厚く、監視委も渡部と熊野との間の“握り”を容認できた。その結果、この事件は中国人社員の単独犯として、野村本体に司直のメスが入ることはなかった。

けれども今回、熊野はすでに監視委を去って、野村OBの北尾吉孝が率いるSBIホールディングスの特別顧問となっているから、渡部と当局の間の取り持ち役が皆無なのだ。

4月に昇格した営業畑の野村証券社長、永井浩二が気を利かせて、金融庁幹部に挨拶に行こうとしたが、金融庁の方から断わられる始末。状況はいよいよガチンコに傾斜するばかりとなっている。

「野村は最初の勧告の時、海外の機関投資家などに『今回の件は監視委の勘違いで起きたこと。野村としても困惑し、多大な迷惑を蒙っている』と説明していた。自分たちはまったく悪くないと言い張る体質が改まらない限り、うちは調査の手を休めるわけにはいかない」

監視委も間違いなく意地になっているのだ。

今後、秋に向けJT(日本たばこ産業)株の売り出し、日本航空の再上場と財務省が仕切る大型案件が続く。JT株については、今月中にも主幹事証券会社を決めねばならず、時間的な余裕はほとんどない。

財務省が入って手打ちか

このため財務省が間に入り、もうそろそろ手打ちが行われるのではないかという観測が金融界などから流れている。

「SEC不況と陰口をたたかれてるって? JT株だろうが、JAL(日本航空)の再上場だろうが、うちらはやるべき目の前のことをやればいい。問題がある限り、調査をやめるわけにはいかないだろ。向こうがやる気ならこっちもとことんやるだけだ」(監視委幹部)

東京電力の公募増資にからむインサイダーで、海外勢では初の課徴金勧告を受けた米ファースト・ニューヨーク証券と、同社に情報を漏らしたとされるコンサルタント会社女性役員らが、そろって裁判で争う姿勢を見せている。裁判となれば、監視委の集めた情報もすべて明らかになっていく。果たして今まで出ている以上の情報が出てくるのかどうか。それ次第によっては、状況が二転三転する可能性も出てくるだろう。

渡部は兵庫県下のキリスト教系進学校、六甲高校を卒業して神戸大学に進んだ。良家の子弟が集う高校にあって、校庭でバイクを乗り回したこともあるという。規律、校則への子供じみた反発だったのだろうが、権力への反骨は今も変わらないように見える。

監視委が渡部のクビをとるのか、野村が外資のように裁判まで徹底抗戦するのか。両者の角逐はいよいよチキンレースの様相を呈してきた。(敬称略)

   

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