非公表分を含めるとダノン側の保有株は40%を超え、TOBで過半数を握る戦闘モードだ。
2012年7月号 BUSINESS
ヤクルト商品
「ヤクルト」「ジョア」や栄養ドリンク「タフマン」などでおなじみの乳酸菌飲料会社「ヤクルト本社」。厳しくなる一方の経営環境の中で、会長CEOの堀澄也率いる現経営陣は、遥か昔に確立された「ヤクルトレディによる宅配」という販売システムに依存し、全国の系列販売会社を搾取しながらぬくぬくと生き延びてきた。そのヤクルトも、ついにフランスの世界的な食品会社「ダノングループ」(以下ダノン)に吞み込まれる日が迫っている。16年間の長きにわたった堀の独裁体制も、ついに終焉の秋(とき)を迎えたようだ。
「ダノンが現在20%のヤクルト本社への出資比率を28%にまで引き上げることや、常勤役員の派遣、研究開発での提携などを求めている。交渉は難航しており、決裂した場合はダノンがTOBで35%程度までヤクルト株を買い増す」という記事が日経新聞に掲載されたのは4月21日のこと。唐突に思えるダノンの動きだが、本誌は2007年7月号の「企業スキャン」で、ダノンのヤクルト買収戦略を詳細に伝えている。それ以降、事態は何も変わっていないのだ。
そもそも、ダノンがヤクルト本社の発行済み株式の5%を保有する大株主として登場したのは00年の春。03年4月には20%にまで買い増し、筆頭株主に躍り出た。その1年後の04年3月、両社は①ヤクルト本社はダノンから取締役2人を受け入れて、提携推進室を設置する②ダノンは向こう5年間はヤクルト本社株の持ち株比率を20.181%を超えて引き上げない(いわゆる「スタンドスティル(現状維持)条項」)―などとする戦略的提携の合意に至る。
ダノンが大株主に登場した当時、経済界では「なぜダノンがこの局面で大株主に?」と訝る声が多かった。当時のヤクルトは、副社長の熊谷直樹(脱税などで有罪)によるデリバティブ(金融派生商品)運用の巨額損失により、社長(当時)の堀らが株主代表訴訟を起こされたほか、私募債「プリンストン債」を使った粉飾決算事件によって会社自体が起訴され、株式も管理銘柄入りするなど不祥事が続発。株価も1000円を下回り、お先真っ暗だった。あるダノン関係者が驚くべき内情を語る。「実は99年末、ある著名コンサルタントを通じて、堀がヤクルト本社株の購入をダノン側に依頼してきたんです」
開発・研究部門出身の堀は96年にヤクルト本社初の生え抜きの社長に就任したが、不祥事続きで窮地に立たされていた。そんな堀が頼ったのが、遠い昔に販売提携交渉を持ちかけたことのあるダノンだったのだ。ヤクルト本社の元幹部が打ちあける。
「“天皇”と呼ばれた松園尚巳(故人)が社長の時代に、ダノンのヨーグルト『プチダノン』を日本国内で販売しようと提携交渉をして断られたが、これに加わっていた一人が堀だった。四面楚歌の堀は、株を買い支えてくれる株主を少しでも増やして社長の地位を守りたかったようだ」
ダノンにとっても、堀の依頼は渡りに船。ヤクルトは腸内バランスを改善して免疫力を高める「プロバイオティクス」技術という成長分野を持っているうえ、アジアや中南米で高い販売力を持ち、中でもブラジルではダノンのライバル「ネスレ」を上回る魅力的な存在だった。
「ダノンは5%を保有した時点で提携交渉に入ろうとしたが、その程度の保有比率では安心できなかった堀はさらなる買い増しを求めた。そしてダノンの保有比率が20%に達し、それまで筆頭株主だった『松尚』(松園の資産管理会社)を大幅に上回った時点で、ようやく提携関係を結ぶ気になったんです」(前出のダノン関係者)
だが、堀は長年の火種を抱えていた。販売会社の元社長はこう証言する。
「堀は開発部門にいたころから果実加工品卸会社『サンヨーフーズ』創業者の長谷公治と昵懇の関係で、ジョアの果肉やタフマンの原液などをサンヨーフーズから購入し続けた。こうした原料の卸値は他の商社などに比べると2割程度高く、その分、販社が本社から仕入れる商品の値段も高くなる。販社の利幅は薄くなり、堀が社長になってから販社の経営はどんどん苦しくなった。不祥事の責任を取ろうともせず、特定の業者とつるんで販社をないがしろにする堀に対して、販社側の怨嗟の声は次第に高まっていきました」
こうした販社側の反発を背景に、ヤクルト本社株の6.6%を保有する「松尚」の関係者が05年秋以降、ダノンに急接近。販社の窮状を理解し、堀体制の変革が必要と判断したダノンは06年後半から、自分たちに近い投資家の複数のファンドを利用して秘密裏にヤクルト本社株を買い進め、07年に入ると事態の改善を堀に迫った。味方だと思っていたダノンの突然の要求にうろたえた堀は、ある条件を提示する。ダノン関係者が内幕を語る。
「非公表分と合わせれば、この時点でダノン側の保有率は40%を少し上回っており、TOBで過半数の株を押さえることもできた。だが、ヤクルトの独立性を奪われると恐れた堀は『向こう5年でサンヨーフーズとの関係を断ち切り、自分も5年後には経営から退く』と提案し、これ以上株を買い増さないようダノンに求めた。ダノンもTOBは日本的な経営風土になじまないと考えていたので、堀を信用して12年5月15日までスタンドスティル条項を延長した」
だが、堀は結局何のアクションも起こさなかった。長谷とのあまりに深い「癒着」に縛られて何も起こせなかった、というべきか。会長の堀は去年から会長CEOに就任し、経営の実権を手放そうとしない。あの提案は単なる時間稼ぎに過ぎなかった。スタンドスティル条項の期限切れを控えて行われてきた両社の交渉は完全に決裂し、ダノンはフリーハンドの状態にある。
ヤクルト本社副社長の川端美博は決算会見で「我々はダノンの株主比率の増加を望んでいない」と能天気な発言をして、失笑を買った。そんな寝言が通用する状況ではないのだ。
相当数の販社を後ろ盾に、ダノンはすでに「戦闘モード」に突入している。堀体制のヤクルトは、全く気付かないうちにダノンに「吞み込まれる」運命なのだ。(敬称略)