下河邉 和彦 氏
東京電力会長
2012年9月号
BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌
1947年生まれ。京大法学部卒業。弁護士として多くの企業の更生・再建に携わる。05年産業再生機構社外取締役。昨年5月「東電に関する経営・財務調査委員会」委員長、9月「原子力損害賠償支援機構運営委員会」委員長。内閣の要請を受け、今年6月より現職。
写真/門間新弥
――会長就任から1カ月半ですね。
下河邉 ほんとに大きな会社だなぁと。ルイス・ガースナーは「巨象(IBM)」を踊らせたけど、戦艦大和にはそんな艦長はいなかった。舵を切ってもすぐには曲がれないし、「どこまで行っちゃうんだよ」ということになりかねない。昨年5月から、外から東電をなでたりさすったりしてきたが、今は5万人もの社員と荒海に船出した船の甲板にいる心境です。
――無報酬ですね。交通費は?
下河邉 僕はセミリタイアのつもりで熱海に越していました。新幹線の通勤定期代(普通席)だけもらっています。誰もいなくなった状況下で、たいへんな仕事のうえ、いつ、石もて追われるかわからんのに、よくぞ引き受けたなと、今でもよく言われます(笑)。
――着任直後、廣瀬(直己)社長と一緒に被災自治体の首長を訪問し、謝罪しましたね。
下河邉 被害を受けられた皆様と社会の皆様に心からのお詫びし、それを償う責任に正面から向き合うことが、新生・東電の原点。根底から失われている「信頼」を取り戻すため、日々の業務を通じて「信用」を一つ一つ積み重ねていく。それしかないですから。
――11人の取締役のうち7人が社外役員。委員会設置会社に移行して、経営体制を刷新しました。
下河邉 社外取締役は皆さんパワフルな方ばかり。毎月1回の取締役会では大いに議論し、基本的な方針を決めています。近くホームページをリニューアルして、社外役員の皆さんが発信するコーナーを作ります。私一人では荒海を渡れない。パワフルな皆さんから知恵と推進力をもらいます(笑)。
――国会と政府の事故調査報告書を、どう受け止めましたか。
下河邉 それぞれの事故調ごとに立ち位置、切り口、分析評価が異なります。当社は両事故調の聴取や資料請求に全面的に協力してきました。その報告内容を真摯に受け止めていますが、細かい事実認定や事故原因の究明については、当社の社内事故調のほうが、贔屓(ひいき)目ではなくデータと証言が多く、一日の長があるのではないかと。
――東電の社内事故調は自己弁護ばかり。一からやり直すお考えは?
下河邉 厳しい批判は承知していますが、ゼロからやり直す必要はないと考えています。新生・東電は、民間を含む三つの事故調報告としっかり向き合います。それぞれの調査報告の異同を把握し、必要な追加検証を行い、問題が見つかれば、公表します。今、役員クラスで、そのための体制作りを検討しており、近く発表します。
――拒んでいたテレビ会議の録画映像を、会長の判断で公開しましたね。
下河邉 もともと公開を前提にした映像ではなく、幹部以外の人の名前や役職がわかる場面や音声を加工するのはやむを得ない。どうかご理解を――。それにしても、なぜ、こんな大騒ぎになるのか。オンサイトは決死の復旧に当たっていました。逃げるどころか、死を覚悟していました。
――もっと早く公開していたら「全員撤退」なんて報道にはならなかったと思います。映像公開を拒んだのは、旧経営陣の訴訟対策ではなかったでしょうか。
下河邉 そんなことはありません。
――ゆくゆくは歴史的資料として公的アーカイブに寄託するお考えは?
下河邉 海渡(雄一)弁護士がおっしゃるように、歴史的な事故から教訓を汲み取る貴重な資料であり、東電の社内資料ではなく、まさに公共財だという立論は一つの見識と思いますが、東電会長の立場では、そう考えていません。
――旧経営陣は自らのポストを用意して、東電を去りました。テレビ会議の映像を見ても前会長や前社長が、どれほど現場を気遣ったか疑問です。彼らが被告となった株主代表訴訟に、実質国有化後の東電が補助参加し、擁護するのは税金の無駄遣いです。
下河邉 旧経営陣といっても、企業体として東電は終始一貫したものであり、株主代表訴訟では会社側の安全対策が問われています。和解はありえず、司法判断が下される以上、会社としてきっちり対応すべきものです。
――「今後3年間はグッドニュースがない」と、社内に訓示しましたね。
下河邉 実質国有化されたが、今後3年間はプラトー(高原)状態が続く。過酷なだけではなく、解決困難な問題に立ち向かっていく。
――11年度の依願退職は456人、10年度の3.5倍に増えました。今期(4~6月)はすでに160人が辞め、一昨年同期の5倍のペースです。
下河邉 給料が3割も下がり、家計へのしわ寄せ、将来への不安が募る。やれ意識改革だ、公益企業だと言っても、生身の人間は本人が思うほど強くないし、ある日突然、足元にぽっかりと穴が開く日がやって来る。それでも社長の廣瀬が言うように「ボクは東電が好きだから」と言って、経営を信じて遅れずについてきてくれる社員に、米粒の一つでも、どこかで捻り出して届けなかったら、経営はダメですよ。いつまでも引き止められる状況ではないにしても、退職者の数が一人でも少なくなるように職場環境を整え、少しでも待遇をよくすることが、我々の務めです。
――電気料金は上げたが、来年度の柏崎刈羽原発の再稼働は非常に難しい。
下河邉 賠償問題は別にしても、膨大な除染と廃炉の費用負担はどうするのか。今のままでは根本的な経営再建を描けない。そう遠からず、事情をよくご存じの政府筋の方から、国はどうされるお考えなのか、うかがう機会があってほしいものです。
――中期経営計画の策定状況は?
下河邉 原子力損害賠償支援機構と一体化した東電の経営改革本部で、来年度から3年間の中計の基本方針を練っており、秋口に公表予定です。コスト改革の柱として小売り部門と送配電部門を社内カンパニーに移行することなど、向こう3年の青写真を示します。東電の役員と社員が、大きな岩山にひたすら鑿(のみ)を打ち当てる姿を、世の中はじっと見ています。