カーソン・ブロック 氏
マディウォーターズ・リサーチ創業者兼調査部長
2012年10月号
GLOBAL [インタビュー]
インタビュアー 岩村宏水
1976年米ニュージャージー州生まれ。南カリフォルニア大学で経営学と中国語を学び、シカゴ・ケント法科大学院を修了。05年に上海に渡り、大手法律事務所ジョーンズ・デイの現地事務所を経て独立した。10年6月にマディウォーターズ・リサーチを設立。現在は米国を拠点に活動する。
米国など海外に上場している中国企業の不正会計問題が注目を集めている。きっかけは、疑惑を次々に暴露して株を売り浴びせるショートセラー(空売り屋)の登場だ。問題の本質はどこにあるのか。その代表であるマディウォーターズ・リサーチのカーソン・ブロック氏に聞いた。
――マディウォーターズ(以下MW)は市場関係者にショートセラーと呼ばれています。昨年、カナダ上場の中国企業シノ・フォレストの不正疑惑を暴露して一躍有名になりましたが、MW自身も本社所在地や電話番号を公表せず、謎めいた存在です。具体的にどこで何をしているのですか。
ブロック 我々のビジネスは「調査」と「投資」です。MWは米国や中国各地に散らばった仲間たちと協力して運営しており、物理的な本社はありません。仲間たちは全員、中国の実態を知り抜いたプロです。我々は問題のある企業を徹底的に調査し、本当の価値を評価します。それに基づいて市場であらかじめポジション(持ち高)を持ち、レポートを発表しています。
市場の投資家が我々のレポートを読んで「正しい」と感じれば、株価が動き、我々は利益を手にできる。しかし、株価が予想と反対に動けば損をする場合もあります。ちなみにショートセラーという呼び名は必ずしも正確ではありません。我々の評価より株価が大幅に安い中国企業を見つけたら、将来は「買い推奨」のレポートを出す可能性もありますから。
――仮にレポートがインサイダー情報に基づいていたら、法に触れる可能性もある。不正を指摘された企業からの訴訟リスクも大きいはずです。
ブロック レポートの内容はすべて我々自身で調査しており、インサイダー情報とは無縁です。企業からの訴訟リスクは確かにありますが、我々は彼らの不正を法廷で立証できる絶対の自信があります。もし訴訟を起こせば、ヤブヘビになるのは彼らの方でしょう。
――MWが不正を指摘した中国企業は2年余りで9社に上ります。問題企業をどうやって探し出すのですか。
ブロック 一つ具体例を挙げましょう。この7月、ニューヨーク証券取引所上場の教育サービス関連企業ニュー ・オリエンタル・エデュケーション・アンド・テクノロジー(新東方教育科技)に関するレポートを発表しました。中国のフランチャイズ先の売り上げを連結決算に組み入れ、売上高を水増ししている疑いが濃厚です。
我々が新東方に注目したきっかけは、上場前に実施した増資の投資家リストの中に、他のイカサマ企業の投資家と同じ名前を発見したことです。その企業とは、同じくNY上場で昨年5月に不正会計が発覚したロングトップ・ファイナンシャル・テクノロジーズ(東南融通)です。不正人脈は往々にして水面下で繋がっています。
次に、新東方に関する中国での報道を調べました。すると過去に経営トップが知財権保護に関して順法意識に欠けた発言をしていた。これらの情報を糸口に、本格的な調査に着手しました。
――新東方と東南融通の監査法人は、いずれも大手会計事務所デロイト・トーシュ・トーマツの上海法人です。会計監査は機能していないのですか。
ブロック 私に言わせれば、会計事務所はとんだ食わせ物です。監査報酬を払うのは企業であり、会計士は株主よりも経営者の方を向いて仕事をしている。監査の現場では、彼らが重視するのは形式ばかりで、経営の実態にはまるで関心がありません。また、多くの中国企業では決算操作は当たり前で、会計士の目をごまかす手段はいくらでもあります。会計監査が機能しているとはとても言えない状況です。
――調査の過程で危険や困難を感じることはありますか。
ブロック 我々は投資家としての立場だけでなく、顧客やサプライヤーなど様々な角度から調査を行います。例えば、顧客を装って企業のカスタマーサポートに電話したり、実際に店舗を訪れたりすることで、しばしば有益な情報が得られます。我々の正体を告げることはないので、FACTAに比べれば(笑い)身の危険は感じません。
ただ、中国企業の不正会計問題が世界的にクローズアップされたため、中国当局はここに来てショートセラーの動きに敏感になっています。様々な情報を総合すると、中国当局は問題を解決するのではなく、隠蔽する決心を固めたようです。その証拠に、これまで公開されていた中国の企業登記情報の閲覧が急に制限されました。
中国では、政府や共産党の幹部がありとあらゆる利権に手を突っ込んでいます。我々のような外国人に企業の不正を暴かれるのは、彼らにとって極めて都合が悪いのでしょう。
――将来、日本株の空売りを手がける可能性は。
ブロック 日本株を含めて、米国株やインド株など中国以外でのビジネスチャンスを探っているところです。日本株への参入には二つ条件があります。まず情報の透明性。企業に関して十分かつ信頼できる情報が入手できないと、満足のいく調査はできません。
もう一つの条件は、(金融庁や証券取引等監視委員会など)日本の規制当局の姿勢です。昨年のオリンパス事件に見られるように、日本企業には仲間内の問題をかばい合い、株主を軽視する文化が濃厚にあると感じます。規制当局は、このような悪しき文化を打破したいと考えているのか、それとも当局も仲間内の一人なのか。慎重に見極める必要があります。