人口減少の先進県「秋田」で見た縮小社会

大手商社マンが「地方衰退」の最前線に飛び込んだ。100年後は墓石と細道だけか。行政は現実を直視しよう。

2013年2月号 DEEP [特別寄稿]
by 関根紳仁氏(政経社会環境ラボ代表)

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秋田の乳頭温泉鶴の湯の露天風呂

典型的な東京の民間サラリーマンが、地方自治体のお役人の世界に飛び込んだ。しかも、日本海に面する雪国、秋田県です。関ヶ原の戦いと上杉征伐に曖昧であったために、水戸から移封された佐竹藩の雰囲気を残す保守王国といっていい。覚悟はしていたが、地方公共団体職員すなわち地方公務員の皆さんと机をならべて、新鮮な驚きと「やっぱりそうか」という思いを持ちながら5年間の任期付き職員を全うできたのは、よそものを受け入れる土壌のある秋田の温かい心遣いのおかげでした。

そこは「役人の世界」

地方経済において県庁というのは最大規模の組織であって、県のGDP(域内総生産)に占める大きさもさることながら、予算執行の県経済に与える影響は実に大きい。すなわち県庁職員の仕事ぶりが、県の活性化にも大きく影響しているということです。私が理解した、県庁職員として評価される仕事ぶりをご紹介しましょう。

とにかく文書主義の世界で、形式に従った正確な文章を書くことができて、整理整頓、書類管理ができることが基本です。縦割り組織の中で、与えられた責任分野の仕事を滞りなく進め、予算消化を達成すること。就業時間を守り、常に居場所を明らかにして、県民からの相談や問い合わせに答えられるようにすること。研究開発資金をはじめ国からの助成金獲得に尽力すること。議会対応、予算折衝がうまくできること。前例のない要請や提案には、好ましい効果や改善を評価する前に、まずはそれらを受け入れることが如何に難しいかしっかり説明できること。そして――ヒラメ泳ぎができることです。

おそらく秋田県だけのことではないのでしょう。むろん、中には前向きな人もいますが、仕事の出来不出来で基本的にボーナスの増減があるわけではなく、よほど人間ができているのかと敬服するしかありません。そういうエリートが、出世すれば年俸も上がる仕組みです。

県民意識調査の一環で、子供を持つ保護者に対してアンケート調査が行われました。「あなたの子供に将来どんな職業を期待しますか」と聞くと、「地方公務員」という答えが一番多かった。トップクラスの学生は首都圏の大学へ行き、そのまま社会人となって秋田に戻ってこない人が多いのですが、十分に優秀な人材が地方公務員となっているわけで、せっかくの柔軟な頭脳が組織の風土の中でいつのまにか硬くなってしまうのは残念です。加速する情報化とグローバル化の世界で、変化に対応できる柔軟性と弾力性がないと、地方の分権、自立や活性化はほど遠い。

2012年3月末の秋田県人口は前年比1万1570人減の108万601
8人で減少率は1.05%、前年までは15年連続で減少率全国1位でしたが、東日本大震災と福島原発事故による減少率の大きかった福島県(2.17%)、岩手県(1.28%)に続く3番目でした。65歳以上が人口の3割を占め、出生率は全国最低レベル。まさに少子高齢化の先進県です。国立人口問題研究所が将来人口予測の膨大なデータを公表していますが、100年後の都道府県別数字が見つからない。東京都は独自に2100年には713万人と予測していますが、秋田県は出していないので勝手に予想したのがグラフです。仮に人口減少率1.5%が続くとすると、100年後には現在の5
分の1、20万人に近くなる。今の秋田市の人口が約32万人です。合計特殊出生率1.39は変わりそうもないし、日本は移民受け入れも進まないでしょうから、この将来予想はほとんど真実になると思います。山間地の限界集落を含む村はすべて原野に戻り、墓石と細い道のみが残る世界です。大切なことは、将来のほぼ確実な予測に目をつぶらずに、経済社会政策を立案し実行することであって、女性が子供を産みやすいドラスティックな施策はもとより、社会インフラのあり方は人口減少、縮小社会に応じたものでなければならないと思います。経済規模が小さくなることへの覚悟、しかし一人当たりの所得や幸福度が減らない施策が望まれます。10年や20年先の姿しかイメージしないのでは、ダイナミックな戦略は立てられません。

学力テスト1位の光明

それにしても、日々生活する場所としての秋田は実に快適でした。伝統行事に彩られた美しい四季の移り変わり、温泉と日本海と山々に恵まれた豊かな自然、新鮮で安全で美味しい野菜に水と空気。全国一斉学力テストで小中学生がトップとなったのは、人口減少を逆手に取った少人数教育と、早寝早起き朝ごはんのまっとうな生活指導の賜物だと思います。いじめや登校拒否も少ない教育環境は小さな子供を持つ家庭にはお勧めの生活地であって、パソコンさえあれば居場所を問わない仕事人にしたら、まさに天国。不動産価格の安さには度肝を抜かれます。

ユニークな大学もあります。秋田空港に近いスポーツ公園の一角には、国際教養大学(Akita International University AI
U)という県立大学があって、講義はすべて英語、新入生は全員が寮生活で英語の特訓を受け、在学中に一年間の海外留学が義務付けられています。最近は世界を相手にする大企業から注目され、就職率は100%。留学経験での人間形成と英語力が高く評価されているようです。地方はニッチなところで輝けるのでしょう。秋田をまだ知らないという方にはぜひ一度行ってみることをお勧めします。美味い料理と日本酒と温泉。そして秋田美人が大勢待ってますから。

著者プロフィール
関根紳仁氏

関根紳仁氏(せきね・のぶひと)

政経社会環境ラボ代表

1948生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、三菱商事入社。エネルギービジネスに携わる。退社後、秋田県の中小企業支援機関で地方行政に関わった。2012年10月よりフリー。著書に『このままでいいのか秋田県』(くまがい書房)

   

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