「脱レアアース」は無用 最強の磁石さらに強く

佐川 眞人 氏
インターメタリックス最高技術顧問、ネオジム磁石発明者

2013年3月号 DEEP [インタビュー]
インタビュアー 岩村宏水

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佐川 眞人

佐川 眞人(さがわ まさと)

インターメタリックス最高技術顧問、ネオジム磁石発明者

1943年徳島県生まれ。68年神戸大学大学院修士課程修了。72年東北大学大学院博士課程を修了し、工学博士号を取得。富士通、住友特殊金属(現日立金属)を経て、88年インターメタリックスを設立。ネオジム磁石発明の功績により2012年に第28回日本国際賞を受賞した。

――佐川先生が1982年に発明したネオジム磁石は、史上最強の永久磁石として有名です。コンピューターのHDD(ハードディスクドライブ)、医療機器のMRI(磁気共鳴画像装置)、ハイブリッド車など身近なハイテク製品の実用化や普及は、ネオジム磁石なしにはあり得ませんでした。

佐川 ネオジム磁石はレアアース(希土類)のネオジム、鉄、ホウ素の3元素を組み合わせた磁石です。それまで最強だったサマリウム・コバルト磁石の2倍近い磁力を持ち、計算上は1グラムのネオジム磁石で約1キロの鉄を持ち上げることができます。

発明から90年代までは、主に電子機器の高性能化や小型化に大きく貢献しました。2000年代からはハイブリッド車のモーターや風力発電機など、省エネルギーや環境保護の分野にも応用範囲が広がっています。

――まさに世界を変えた日本の独創技術です。発明のきっかけは?

佐川 私はもともと磁石の専門家ではありませんでした。大学院では材料科学の研究者を志しましたが、思うように成果が上がらず、72年に富士通の研究所に就職しました。そして、会社から磁性材料の研究を命じられたんです。最初は自信がありませんでしたが、やり始めたらどんどん面白くなり、日夜研究に没頭しました。

「非常識」が生んだネオジム磁石

入社5年目に、サマリウム・コバルト磁石を使ったスイッチの耐久性を改善するプロジェクトを任されました。その研究の途中で、ふと別の疑問が頭をもたげてきた。「なぜコバルトでなければならないのか」と。

強い磁石の主成分は、鉄かコバルトのどちらかです。希少金属のコバルトは高価で、しかも産地がアフリカのコンゴ(民主共和国)など政情不安定な国に偏在しています。一方、鉄は資源量が豊富で価格も安い。そこで私は、「コバルトの代わりに鉄とレアアースを組み合わせれば、強い磁石を安く作れるのではないか」と考えた。

当時、これは非常識なアイデアでした。鉄が主成分の磁石はフェライト磁石のような弱い磁石しかなく、「強い磁石はコバルトでしかできない」と研究者たちは固く信じていたからです。

――鉄の可能性には誰も注目していなかったと。

佐川 はい。誰ひとり研究していなかったからこそ、私に大きなチャンスが巡ってきた。決定的な閃きを得たのは78年1月、日本金属学会のシンポジウムで聴いた東北大学の浜野正昭先生(当時)の講演でした。

浜野先生は、鉄とレアアースの組み合わせが磁石にならない理由を「鉄の原子と原子の距離が近すぎるため」と説明しました。その瞬間、「ならばホウ素など原子半径の小さい元素を加えれば、鉄の原子間距離を広げられるのではないか」とのアイデアが頭に浮かんだ。それから試行錯誤や転職を経て、住友特殊金属(現日立金属)の実験室でネオジム磁石が誕生しました。

――レアアースは世界の産出量の9割以上を中国が占めます。10年秋に尖閣諸島沖で起きた漁船衝突事件の報復として、中国政府はレアアースの対日輸出を一時停止。以来、日本の産業界では「脱レアアース」が喫緊の課題として叫ばれています。

切り札は「脱ジスプロシウム」

佐川 もともと希少な資源であるレアアースの使用量削減と調達先の分散は、仮に漁船衝突事件がなくても避けて通れません。我々“磁石屋”の切り札は、「脱ジスプロシウム」です。

ネオジム磁石には温度が上昇すると保磁力が落ちる弱点があります。かつては100度程度が実用上の限界でしたが、別種のレアアースのジスプロシウムを添加すると保磁力が向上します。ハイブリッド車のモーターや風力発電機は200度位の耐熱性を要し、質量比で5~10%のジスプロシウムが使われています。

研究者の立場では、これは本質的な解決策ではないんです。理論の説明は省きますが、ジスプロシウムを増やすと保磁力が高まる半面、磁石のエネルギーを相殺する作用がある。つまり、耐熱性アップと引き換えに肝心の磁力が弱くなってしまうのです。さらに、ジスプロシウムの資源量はネオジムの約10分の1で、効率的に採掘できる鉱山は中国南部にしかありません。コストが高いうえに供給不安がぬぐえない。

逆に言えば、ジスプロシウムを使わずに保磁力を高める技術を開発すれば、耐熱性が上がると同時に磁力も強くなります。ネオジムだけなら資源量は数百年分あり、中国以外からも調達できる。私が創業したインターメタリックスは04年から研究に着手し、既にジスプロシウムなしでも150度まで耐える磁石の製造技術を確立しました。次は200度を目指しています。

――前経産相の枝野幸男氏は12年3月、「レアアースを使わなくても同様な性能を出す磁石を国家として開発したい」と発言しました。実現の可能性はあるのでしょうか。

佐川 中国を牽制する意図でおっしゃったのなら理解できます。しかし、国家プロジェクトとして多額の予算を投入しても、予見可能な将来に実現するのはきわめて難しいと思います。レアアースをまったく使わずに強い磁石を作る研究は、理論はもとより、有望な手がかりも見つかっていない段階です。

それに、脱ジスプロシウムを達成すれば、その他のレアアースまで無理矢理ゼロにする合理性はありません。もし私に予算配分を任せてもらえるなら、もっと地に足のついた手堅い研究や若手研究者の支援に予算を振り向けたいと思います。

   

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