「特定秘密保護法」は国会の自殺行為

官僚が情報を支配するための法案か。国権の最高機関を貶め、漏洩を防ぐシステム整備が欠けている。

2013年11月号 POLITICS [特別寄稿]
by 清水 勉氏(弁護士・日弁連秘密保全法制対策本部事務局長)

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政府が去る9月26日、特定秘密保護法案を公表した。その内容は一言で言えば、国にとって特に重要な情報を「特定秘密」に指定し、一定事項の調査を行って適格性があると確認された者にだけ管理させ、漏洩したり、漏洩をそそのかしたりした者を重く処罰する(最高刑は懲役10年)というものだ。

すでに我が国にはいくつかの秘密保護法制がある。国家公務員法、自衛隊法、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(MDA法)、日米地位協定の実施に伴う刑事特別法だ。

これらの内容にも検討すべき問題はあるが、ここではさらにいま政府が制定しようとしている秘密保護法制が必要なのかということを考えたい。

官僚の恣意が入り込む余地

政府は、諸外国にあるのに日本にないのはおかしい、日本版NSCを作る上での基盤になるのだ、という。しかし、よそにもあるのだからウチにも、という論理は稚拙だし、米国と権力構造が異なる日本で同じような仕組みを作ることには無理がある。情報管理の厳格化は日本版NSCと関係なく重要であるが、必要な法律はほかにある。

一定範囲の情報の漏洩を防ぎたいのであれば、端的に、その目的に即した制度を作ればよい。それをしないで、いろいろ面倒な問題が起こりそうな制度をあえて作ろうとするのは、ほかに目的があるのではないかと疑わざるを得ない。

法案では、国の行政機関の長が、「別表に該当する事項」のうち漏洩が我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあり特に秘匿が必要なものを特定秘密にする、としている。行政機関は防衛省、外務省、警察庁が主に想定されるが、各省庁が自分の判断で指定する。「行政機関の長」とは法律上は大臣や長官を指すが、実務的に彼らには行政秘密の判別は無理である。実態としては、官僚が判別し指定することになる。

したがって、問題はこの指定に官僚の恣意が入り込まないかである。別表で細かく基準を書いているからそのおそれはない、との説明は詭弁だ。別表自体は法律の一部として公表されるが、官僚が実際の運用をどのように行っているかは外部からはわからない。例えば別表第1号は防衛に関する事項だが、自衛隊に関することすべてをカバーしており何でも特定秘密にできる。第2号の「安全保障」、第3号の「特定有害活動」、第4号の「テロリズム」、どれも広く解釈運用がなされる余地がある。

特定秘密を取り扱わせようとする者に対して行う適性評価制度の考え方は、一定の事項について調査し、秘密情報を漏洩するおそれがある者を取扱者から排除するというものだ。この制度を採用する国があることは事実だが、ほとんど意味がない。

法案では、特定有害活動やテロリズムとの関わり、犯罪・懲戒歴、情報取り扱いの非違経歴、薬物濫用・影響、精神疾患、飲酒の節度、信用状態を項目に挙げている。これらをいくら詳しく調査しても、的確な評価はむずかしい。しかも、取扱者任命後については、特定の者がいつどのような秘密情報を漏洩するか予測できない。原則として5年ごとにしか再評価しないから、危険性をリアルタイムで正確に把握することはできない。

最も問題なのは、国会(議員)の位置づけだ。

憲法上、国会は国権の最高機関として、行政を監視する立場にあるはずだ。特定秘密も監視の対象になる。ところが、特定秘密の提供について規定した第三章をみると、行政機関同士(第6条)、警察庁と都道府県警(第7条)、行政機関と民間事業者(第8条)、行政機関と外国政府・国際機関(第9条)と比べて、国会への提供は第10条で「その他」の位置づけになっている。しかも提供の条件は、①知る者の範囲を制限すること、②当該業務以外に当該特定秘密が利用されないようにすること、③当該特定秘密を利用し、又は知る者がこれを保護するために必要なものとして政令で定める措置を講じ、④我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと行政機関の長が認めたとき、に限られる。

①では制限の如何によっては、秘密会の委員以外の議員に知らせることや、政策秘書に知らせることが犯罪になる(21条2項)。③では国会は内閣府が定める政令の言いなりにならなければならない。しかも、④で行政機関の裁量になっている。これでは、国会は官僚が了解したときだけ提供してもらえる立場に過ぎず、特定秘密について行政機関をコントロールできない。

情報管理システムこそ重要

国会議員の活動が最高懲役5年の刑罰の対象になる。このような法制はこれまで我が国にはなかったのではないか。このような法案を成立させるのは国権の最高機関の自殺行為だ。

適性評価制度も罰則も必要としない、効果的な情報漏洩防止策はある。「情報保全システムに関する有識者会議」が平成23年7月1日付報告書で具体的に説明している。情報漏洩は故意過失を問わず、いつ誰がやってしまうかわからないから、情報管理システムの問題として、データ書き出し対策、印刷・コピー対策、カメラや紙の持ち込み持ち出し規制、外部への通信制御、アクセス制御、出張時の通信対策などを行う方がはるかに実効的なのだ。これなら情報漏洩が起こっても、漏洩の原因を速やかに解明し、さらなる漏洩を防ぐための対策を直ちに実行できる。

ところが「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」の報告書には、情報管理システムとの相互関係が書かれていない。法律とシステムを別々に考えるのは不合理だ。両有識者会議が統一した報告書を作れば、適性評価制度や罰則規定はほとんど不要になる。

漏洩を犯罪にすると、状況によっては漏洩環境の修復が証拠隠滅になりかねず、捜査終了まで手をつけられない。その間に漏洩は続き、却って事態を悪化させる。情報の適正な管理、国会の最高機関性の維持、国民の知る権利の確保という観点から考えるならば、公文書管理法、国会法・衆参両議院規則、情報公開法の見直しこそが必要だ。

官僚が情報を支配し、官僚がやりやすい政治を行う。人の監視強化と厳罰化で、国会議員やマスコミ、国民に口出しさせない。それこそが秘密保護法を制定する目的ではないのか。それなら官僚が結論を誘導したであろう有識者会議の議事録を作成せず、法案の作成過程を与党(民主党→自民党)の議員にすらほとんど知らせず進めてきたことも理解できるというものだ。

著者プロフィール
清水 勉氏

清水 勉氏(しみず・つとむ)

弁護士・日弁連秘密保全法制対策本部事務局長

1953年生まれ。東北大法学部卒。専門は情報公開、個人データ保護。

   

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