「不通」朴槿恵の政治は一方通行

会見嫌いは「コミュニケーション障害」ゆえ。靖国参拝で日韓首脳会談が遠のき安堵か。

2014年2月号 GLOBAL

  • はてなブックマークに追加

就任以来初めてだった「不通」朴槿恵大統領の記者会見(1月6日)

AFP=Jiji

韓国国内を走る自動車に搭載されているカーナビの多くは、「緊急災難警報放送」が画像で受信されるシステムだ。今年の初「警報」は1月3日午前10時過ぎ、なんと「朴大統領、新年記者会見を6日午前10時に開催」であった。

たちまちツイッター上で騒然となった。「会見では父親(故朴正煕元大統領)のように戒厳令でも出すのか」「朴槿恵が記者会見を行うことが災難ということだろう」「朴槿恵の発言ひとつひとつが災難になるのか」「いや、朴槿恵が大統領になっていることそのものが国家の災難なんだ」……と辛辣な言葉が飛び交ったのである。

もちろん、配信会社の手違いで「ニュース速報」が「緊急災難警報放送」となったハプニングだった。だが、そもそも大統領が3日後に記者会見を開くのが「ニュース速報」というのも尋常ではない。実は朴槿恵が大統領に就任した昨年2月25日以来、国内で記者会見を開いたことがなかったのである。

公約違反連発で出づらく

朴槿恵のこうした姿勢を韓国では漢字語で「不通」と呼んでいる。「意思疎通が不可能」という意味だ。新聞記者や国民とコミュニケーションをする自信がないので、「対話」ではなく「一方通行」となる発表しかしない。前任の李明博も不得手ではあったが、支持率が下がっても「疎通」をいとわなかった両金(金泳三、金大中)や盧武鉉とは対照的である。

元来の「不通」体質に加えて、朴槿恵には「疎通」を直接したくない事情もある。雇用や福祉政策で公約違反を連発してきたからだ。たとえば、「65歳以上の高齢者全員に月20万ウォンの基礎年金を支給する」という基礎年金制度の鳴り物入りの公約を昨年9月に断念し、野党からは「公約詐欺」と厳しく批判されている。さらに、一昨年12月の大統領選で、朴槿恵に有利な世論を形成しようと、情報機関の国家情報院がインターネットで組織的に書き込みなどを行ったことも明らかになっている。朴槿恵が大統領であることの正統性にかかわる問題として今年も追及されよう。

6日に実現した記者会見でこの問題に及ぶと、朴槿恵は「消耗的な論争をやめて未来へ行こう」と逃げる一方で、「『不通』呼ばわりするのは誤り」とも強弁して失笑を買った。

大統領就任以来、朴槿恵は日韓首脳会談を事実上拒否してきた(6日の記者会見では「私は韓日首脳会談をしないと言ったことはない」とも主張)。安倍政権の歴史認識を理由にしてきたが、本人の「不通」体質も大きく影響していると思われる。年末、南スーダンで国連平和維持活動(PKO)に参加している陸上自衛隊から韓国軍への銃弾提供をめぐり、韓国政府がスッキリしない姿勢であったのは、朴槿恵の体質ゆえもあろう。

安倍晋三の靖国神社参拝は、硬直した日韓関係の打開に向けて水面下で日本側と連携をしてきた青瓦台(大統領官邸)の一部スタッフや一部の与党議員を大いに失望させた。が、日本批判を繰り返してきた朴槿恵は、安倍と「疎通」するよりも対日政策を「放置」するほうが楽なので、ホッとしたかもしれない。

いっぽう、「放置」が許されないのが北朝鮮との関係である。12月に発生した張成沢の粛清は、金正恩体制の不安定性と予測不能さを朴槿恵政権に再認識させた。とくに、張成沢への措置が「処刑」であったことの韓国社会への衝撃は大きく、南北の異質性を思い知らされた。そのためか、朝鮮日報が12月28、29日に実施した世論調査の結果は、「南北統一を一日も早く実現させるべきだ」という回答が19.9%しかなかった。

金正恩第一書記は1月1日の新年の辞で「北と南の関係改善のための雰囲気が作られなければならない」と、韓国へ宥和的ともとれる姿勢を示した。これに対し韓国は、統一部報道官が「昨年も対決政策を捨てねばならないと主張したが、その後に核実験、軍事的威嚇、開城工業団地の中断などを続けた」と指摘し、「真意を疑うほかない」と応じた。朴槿恵自身の新年の辞でも「北朝鮮の挑発の可能性」について言及している。

朴槿恵政権が金正恩の誘い水に乗らないのは、もちろん不信感が大きい。張成沢の粛清に伴う北朝鮮内部の社会混乱をそらすため、韓国への軍事挑発が十分予想されるからだ。同時に、北朝鮮への非妥協的な原則主義の姿勢を見せることによって、保守層や対北強硬派といった朴槿恵の支持基盤を固めておこうという意図も見え隠れする。

「ぶれない」というより放置

経済政策で目立った結果をいまだ出せず、福祉や雇用政策で失策続きであっても、朴槿恵が支持率50%前後(年末の各種世論調査)をなんとか維持しているのは、外交での衣装のお色直しと北朝鮮への原則主義的な姿勢に拍手喝采する一定の層が確実に存在するからだ。

金正恩にもその意図を見透かされている。「原則固守論に引き続きしがみつく限り、北南関係がいつになっても改善されないというのは言うまでもない」(『労働新聞』)と、北朝鮮は朴槿恵への非難を繰り返している。この点は韓国の対北宥和派からも強い疑問が出されている。朴槿恵は対北朝鮮政策として「朝鮮半島信頼プロセス」を提唱しているが、そもそも具体性がない。対北関係の「放置」は、国内の対北宥和派や一部野党政治家からの激烈な政権批判に直結する。この点が対日関係の「放置」と異なる。

新年の韓国政界の最大関心事は6月4日が投開票日の統一地方選である。4年前の地方選では与党が惨敗し、李明博のレイムダック化につながっただけに、なんとしても与党を勝利させようと、朴槿恵が昨年から口癖のように指摘しているのが「非正常の正常化」である。たとえば、放漫経営で多額の負債を抱える公企業・公共機関の改革もその一つで、これに反対する鉄道公社のストライキへは警察力を投入もさせた。朴槿恵の固定支持層は評価するが、独善として批判する市井の声も少なくない。

北朝鮮への「ぶれない姿勢」も金正恩を刺激するだろう。北朝鮮の韓国哨戒艦「天安」撃沈(2010年3月)は前回の地方選直前に発生した。今度は「緊急災難」ならぬ「緊急事態」も想定されよう。(敬称略)

   

  • はてなブックマークに追加