D・アトキンソン 氏
小西美術工藝社会長兼社長
2015年1月号
GLOBAL [インタビュー]
インタビュアー 児玉博
1965年に英国生まれ。オクスフォード大学で日本学を学ぶ。92年、ゴールドマン・サックス入社。アナリストとして日本の不良債権を暴くレポートを発表し、金融界を震撼させる。2009年に小西美術工藝社に入社。
――ゴールドマン・サックスのアナリストとして、バブル崩壊後に日本の銀行が抱えた不良債権問題を誰よりも
早く取り上げ、物議を醸したあなたが、日本の文化財を支える創業300年余の会社へ転身して5年経ち、『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る』という本も出版しましたね。
A 不良債権をひた隠す銀行を厳しく指弾した私は、逆に色々な批判を浴びました。アトキンソンはCIA(米中央情報局)の手先だとか……(笑)。私は英国人なんですがね。もう支離滅裂だったですね。小西美術工藝に入社当初も、ずいぶんと色々言われましたよ。アナリスト時代と同じように。
例えば、会社は国宝などの修理維持も数多くしているのですが、聖なる仕事をしている会社に、なぜ外国人を入れるんだとか、聖域に外国人は不吉だとか。まあ、自分はもう慣れっこだからいいですけどね。
――国宝を守る会社って、アナリストの目にはどう映ったのですか。
A 正直に言いますと、社長を引き受けた当時、この会社はほぼ破綻していましたね。物理的に会社が無くなるという意味ではないですよ。つまり、発注を受け、職人さんが現地に行って作業をし、それが終わってようやく代金をいただく、という仕組みですが、終わるのに何年もかかるのが当たり前。しかも、発注は一つではないから経理がグチャグチャ。こうした経理の管理、また材料や在庫の管理などもドンブリ勘定で、正確に把握している人がいなかった。職人を含めてみんなが本当に大丈夫か、と思っていたようですが、誰も直そうとはしなかった。
――アトキンソンさんが来て、それが劇的に変化した?
A いいえ、劇的に変わったりはしません。日本人が変なのは、外国人というと、すぐ日産のカルロス・ゴーン社長みたいなヒーローの話にしたがるでしょう? 私の本もタイトルなどがそれに近いけれど、私がやったのはほんの小さなことですよ。
例えば、まず職人や非正規社員も含めて、全社員と話をしました。長い人では2時間くらいになったかと思います。それぞれが持っている不満だとか、不平だとか、それこそ愚痴になるようなものまで全部聞きました。私はアナリストですから、そんな不平や不満を数値化する――不満をなくすにはいくらかかるのかとコスト計算をしました。
――伝統の世界で数値化なんて可能なのでしょうか。
A 驚くべきことでしたが、小西美術工藝には、揃いのユニフォームがなかった。これは職人からも発注側からもクレームがきていた。私服ですから、大切な国宝を扱っているのが、ホームレスかどうかさえも分からないんです。ユニフォームを着ていれば一目瞭然なのに。経理の人からは、職人が経費の精算を何カ月も放ったらかしていて、中には何年も精算しない人がいるという不満を聞きました。
そこで私は全体のミーティングで、3カ月以内に精算しない人は、給料から差っ引きますと申し渡した。未精算の人はすぐにいなくなりましたよ。
こんな具合に不平不満を一つ一つ消していっただけですね。私をこの会社に誘ったオーナーに対しても、オーナー経営だから公私混同に近いことが起きてしまう。まあ、これもドンブリ勘定ですよ。それを完全に改めて、社長以外にも各部門から人選して役員を選ぶようにしました。
――非正規社員を正社員として雇用し直したのはなぜですか。
A 正社員にした方が精神的にも物理的にも安定しますよね。在庫や材料費、管理費など切り詰められるところを切り詰めれば、正社員として雇用し直しても全然大丈夫。むしろ驚いたのは、非正規から正社員になった職人の仕事の質が断然上がったこと。同じ人間なのに不思議な体験でしたね。
――なぜ今までの経営者ではできなかったのでしょうか。
A なぜですかね? 私も教えて欲しい。日本人が日本人にだけ通用するような、私に言わせれば“屁理屈”を並べ立て、頑迷に変わろうとしない姿を散々見てますから。
――2020年東京五輪に合わせて日本は観光立国を打ち出しました。
A 日本が観光を看板にして稼ぐ国になることには大賛成です。観光立国はとてもいいことだと思いますが、今のままでは実現はどうでしょうか。楽して観光立国にはなれません。鎌倉市が世界遺産登録に立候補して落選しましたね。京都も同じですが、観光を目玉にしていくなら、交通渋滞解消に真剣に取り組み、海外から来ていただく町づくりをすることです。町の観光から歴史、神社仏閣までしっかりと説明できる案内人を増やす。英語だって町として取り組めば、分かって欲しいという気持ちは外国人にも伝わります。
人ごみになるほど観光客には来て欲しくない。ゴミは持って帰って欲しい。でも、生活の邪魔にならない程度には観光客は来て欲しい。世界遺産というステータスは欲しい……そんなあれもこれもではまるでダメです。
外から来てくださる人の立場に立って、何をして欲しいのだろうか、何が不足しているのだろうか、と考えて思いやることが本当の“おもてなし”ではないでしょうか。具体的に一つ一つ、日本人が得意なカイゼンをしていけば、日本の伸びシロはまだあると思います。文化財保護もそうですか、具体的な資金に基づき、具体的な工夫、向上心が必要です。楽して稼ごう、今まで通りで稼ごう、では未来はありません。