会長以下、露骨な「官邸シフト」。こっそり一律加算金をバラまいて、職員の歓心を買う。
2015年2月号 DEEP
NHKの籾井勝人会長
Jiji Press
就任早々、従軍慰安婦問題などで失言を繰り返し、「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」との珍発言で、英誌にまで「私の国は右か左か」と皮肉られた籾井勝人NHK会長。首相官邸はじめ周囲の必死のカバーで、どうにか就任1年が過ぎたが、自信と言うべきか慢心と言うべきか、いよいよその本性を現してきた。
正月三が日の1月2日、午後7時の報道番組「ニュース7」に、コメンテーターとして岩田明子解説委員が登場した。知る人ぞ知る「安倍晋三首相にもっとも近い」政治部記者である。東大法学部卒で1996年にNHKに入社、岡山赴任を経て2000年に政治部に入り、02年に安倍番となって以来、その食いこみは他の記者を圧倒する。
07年、体調不良で安倍首相が政権を投げだすと、自らも落胆して体調不良、精神不安定になったというほど。その後も携帯に安倍氏本人から直接かかってくる電話を人前でひけらかすほど親密だった。13年10月5日放映のNHKスペシャルで、史上初めてテレビカメラが首相執務室に入って撮影したのも、同年12月22日放映の同番組で雌伏期の安倍氏の日記を公開したのも、彼女のたっての依頼を首相が応諾したからだろう。
いかにも「NHK顔」の才媛で、一時は週刊誌などで「美人記者」などと揶揄された。要するに安倍首相お気に入り記者の筆頭格で、数々のスクープも首相本人の「特別のお計らい」によるもの。まさに番記者の“鑑”なのだ。その彼女が正月ニュース番組に登場したのだから、さぞや特ダネでもと期待したが、みごとにアテ外れ。愚にもつかぬ「戦後70年」の安倍政権の課題に終始、お節料理の顔見世にしては意味不明の出演だった。
が、裏返しに考えれば納得がいく。首相お気に入り記者を正月の看板報道番組に登場させて、政権への「ご機嫌うかがい」を立てたと思えばいいのだ。現に籾井NHKの存続は一に官邸の後ろ盾にかかっており、その窓口を担うのは岩田解説委員を措いてほかにない。政治部人脈の堂元光副会長と、同じく政治部出身で菅義偉官房長官とも近い井上樹彦理事の双璧が、岩田解説委員の背後に控えている。
本誌は昨年4月号で籾井会長の放言癖は一朝一夕に改まるものではなく、周囲が覆い隠しているだけで、いずれ尻尾を出すと指摘した。「夜回り取材では、社会部記者が相手だと警戒して貝のように口を閉ざすが、NHK担当の記者なら“身内”と気が緩み、相変わらず本音をぶちまけて無防備」と書いたが、その通りのことが起きた。
昨年12月12日、つまり衆議院議員選挙の前々日の金曜、NHKは22階会議室で記者クラブのキャップ15人と会長ら首脳陣が懇談会を開いた。NHK側からは籾井会長と堂元副会長、吉国浩二専務理事、湧川高史秘書室長、松谷豊秘書副部長、大橋一三広報局長、藤岡隆之広報部長の7人である。
オフレコ懇だから、中身が報じられることはなかった。実は自民党の萩生田光一筆頭副幹事長と福井照報道局長が公示前日の11月20日、民放テレビ各社に送った「報道の公平確保のお願い」の文書が話題にあがっている。籾井会長が「あの通りだと思う」と述べ、萩生田文書を公共放送トップの立場から支持し、自民が“偏向”とみなす一部民放批判に同調した。
萩生田文書はこの民放の具体名を挙げていないが、懇談会に出席した記者の一人が「テレビ朝日のことですか」と質すと、籾井会長はにやりと笑ったという。投票直前の放言に幹部がヒヤリとしたこの一幕は、表沙汰にならず闇に葬られた。
因みに、懇談会に出席したメディア名を挙げよう。一般紙からは読売、朝日、毎日、日経、産経、東京、日刊工業の7紙、共同と時事の通信2社、そしてスポーツ紙は報知、日刊スポーツ、スポーツニッポン、東京中日スポーツ、デイリースポーツ、サンケイスポーツの6紙である。テレビ朝日抜きの“欠席裁判”の放言に目をつぶった面々の個人名を出すのは控えるが、腰抜けキャップぞろいと言える。
籾井会長にとって“身内”の記者クラブが監視役を果たしていないから、籾井NHKが昨年12月に職員ボーナスで大盤振る舞いしたことを世間は知らずにいる。本誌が入手した「一律加算金」は別表の通りである。管理職トップの理事待遇の年収は手当を含め1660万円。そこに50万円の加算金がついた。管理職は一番下のD1でも年収975万円(地域職員で780万円)だが、段階的に20万円以上の加算金がつく。一般職員でも一律2~3万円の加算だ。
ヒラのNHK職員は、この今回限りの一律加算金に気づいていないか、知っていても黙っている人が多い。籾井会長の意図は明らかだろう。官邸と政治部に守られて地位を保っているが、ジャーナリズムの見識もなく、「政府が右と言えば」のヒラメで、NHK内では「芸能人好き」と軽侮される外様会長だけに、権力掌握にはバラマキで職員を“買収”するしかなかったと思えば分かりやすい。
権力はカネと人事から生まれる――だが、原資は? 受信料の支払い率改善(11年度末は全国72・5%)により、15年度以降3年で1千億円の増収が見込まれるからだ。が、ちょっと待て。菅官房長官が総務相時代に当時の経営委員長、古森重隆氏(富士フイルム会長)が値下げを推進したのに、今後は増収分を値下げに回さず山分けか。自民党も野党時代の12年、「全職員平均で1100万円を超えるNHKの給与は高すぎる」と責めたことをお忘れらしい。
だからこそ、松本正之NHK前会長は11年2月、約1万人の職員を対象に、5年後をメドに基本給と賞与の全体額を10%削減することなどを盛り込んだ給与制度改革案を組合に提示し、一応の成果を理由に退陣したのだ。だが、安倍政権の「賃上げ」キャンペーンに便乗したかのような籾井NHKの大盤振る舞いは、これを帳消しにした。
2月以降、任期の来る百田尚樹、本田勝彦、上村達男、渡邊恵理子経営委員の後任(続投も含め)人事は官邸の思いのまま。昨年、堂元副会長の肩叩きを断った塚田祐之、吉国両専務理事も4月に再任されないだろう。札びらで職員の頬をはたく籾井会長は、NHK予算の国会審議も乗り切る気だろうか。