木川 眞 氏
ヤマトホールディングス代表取締役社長
2015年3月号
BUSINESS [インタビュー]
聞き手/本誌編集委員 藤井一
1949年広島県出身。73年一橋大学商学部卒業、富士銀行(現みずほ銀行)入行。みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)常務取締役を経て、 2005年にヤマト運輸に転じる。07年ヤマト運輸社長、11年に持ち株会社のヤマトHD社長に就任。
写真/大槻純一
木川 メール便は儲かってないからやめると言われるのは心外で、ちゃんと利益は出ているんですよ。郵政と違って。
では、なぜ廃止に踏み切ったのか。手紙などの「信書」をメール便で送ってしまったおかげで、郵便法違反容疑で警察の取り調べを受けたり書類送検されたお客さんが実際にいらっしゃるわけですね。ここ5年だけで8件。しかし、たかが8件とは口が裂けても言えない。
トバッチリをこうむるのは、メール便を出したお客さんなんです。わたしがお縄になって収監されるのならいいんですよ。それならそれが闘う材料になるんだから。でも、お客さんを巻き込むわけには絶対にいかない。信書の定義が曖昧なままの現状でメール便を続ければ、さらにお客さんに迷惑をかけることになりかねない。
――高市早苗総務相は「信書の定義は郵便法により明確にされている」と記者会見で答えています。
木川 わたしが野党の議員なら国会で質問したいですね。では、これは信書ですか? あれは? それは?
履歴書は信書なのか? 健康保険証は? 名刺は? パスポートは? これらはすべて法律には明記されておらず、総務省におうかがいをたててきたものです。総務省の情報通信審議会には「信書の定義を明確にするべきだ」という改革案も提出しましたが、中間答申では完全に無視された。あれで堪忍袋の緒が切れましたね。
――信書の定義が明確になれば、メール便を再開するということですか。
木川 サービスの一部は同じ値段で復活させることがあるかもしれません。
そもそも弊社は郵政による信書独占そのものに異議を申し立ててきたわけです。しかし、そこは妥協して、信書は郵政の独占領域だと認めた。認めたうえで、独占するのであればその定義は明確にされなければならないと主張してきた。ところが、いっこうに議論が進まない。
一方で、郵政には信書問題はないんですかと問いたい。本来なら「郵便」で運ばなければならない信書が「ゆうメール」に混じったりしていませんか。なぜそれをチェックしないんですか。メール便に信書が混ざっているというのなら、まず間違いなく「ゆうメール」にだって混ざっているはずです。
これでは競争の公平性が担保されないではありませんか。日本郵政も民営化し株式上場する以上は、同じ民間企業同士の競争であるはずなのに。競争条件は公平、公正にするべきで、その第一歩が信書問題ということです。枝葉末節では決してない。これこそが事の本質です。
――競争条件を仕切る総務省のみならず、競争相手である日本郵政に対しても一言あるのでは?
木川 JR各社、JT(日本たばこ産業)、NTTいずれも、民営化によって血の出るような経営努力をされてきたわけです。とりわけNTTについては、自社が独占してきた地域通信ネットワークを新規参入事業者に開放し、それによって競争が活発化し、結果として市場が急速に大きくなった。
なんでそういう発想が出てこないのかなと思いますね。全国20万カ所近い郵便ポストを開放すればいいのに。ヤマトの利用者も郵便ポストに投函していいよ、郵便局が仕分けもするよ、その代わり適正なコストはいただきますよ、ということにすれば、郵便のコスト負担だって減るじゃないですか。
今のままでは郵便事業の赤字は膨らむ一方で、いずれは値上げに踏み切らざるをえなくなる。そこまで追い込まれるよりは、競争するところは競争し、協力するところは協力する、という新しい競争環境を築き上げていくほうが、互いにとって得策だし、社会のためになると思う。
――「闘う」という言葉が出ましたが、故小倉昌男さん(元ヤマト運輸会長、宅急便の生みの親で、規制緩和を巡り旧運輸省・旧郵政省を相手に回して徹底抗戦した)を彷彿とさせます。
木川 これはもう遺伝子ですね。小倉遺伝子。わたしは銀行(旧みずほコーポレート銀行)から弊社に転じたわけですが、本社の建物に初めて入った瞬間から、この遺伝子に染まりました。魔物のようなDNAです(笑)。
――今年4月にはトップ交代に踏み切ります(事業子会社の山内雅喜・ヤマト運輸社長がヤマトHD社長に昇格、木川氏は代表取締役会長に就任)。
木川 弊社は2019年に創業100周年を迎えるのですが、内需産業の典型として人口減少の影響をもろに受ける。売り上げは減るし、コストは上がる。次の百年の計をどう立てるかが有富(慶二ヤマトHD前会長)さんから託された宿題で、これに現会長の瀬戸(薫) さんと二人三脚で取り組んできたわけです。
内需だけでは成長持続できないから海外にまで宅急便ネットワークを拡張していかなければならない。その結節点となる総合物流ターミナル「羽田クロノゲート」を建設し、アジアへの翌日配達を実現する「沖縄国際物流ハブ」を稼働させるなどの布石を打ってきた。
有富さんからの宿題はこなしたし、もう次の世代に渡そうということです。2年前には決めていたので、本当は昨年バトンタッチすればよかったんですけどね。土地買収から8年がかりの羽田(クロノゲート)を見届ける責任もあったし、指名委員会との兼ね合いがあったりして、ちょっと遅れた。
振り返れば、海外の投資家からは「翌日配送や時間指定は過剰品質だ。それに見合う対価を取るか、品質を落としてでも利益率を上げるべきだ」などと言われてきたけれど、愚直にサービス向上を追求し続けてきたからこそ今がある。日本のEコマースがこれだけ隆盛を誇っているのは、宅急便のデリバリー品質の高さゆえだという自負はあります。