認知症薬「アリセプト」に重篤副作用

認知症治療の第一人者がアリセプトの過剰投与による病状悪化に警鐘。厚労省お墨付の「増量規定」が薬害を生む。

2015年8月号 LIFE [過剰投与で徘徊・暴力]

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認知症の患者と家族を苦しめるのは、記憶障害よりも、徘徊・暴力などの生活障害だ

dpa/Jiji

良薬だが処方次第で病状悪化も(アリセプトの錠剤)

認知症の介護疲れに起因する家庭崩壊などの悲劇が絶えない。愛知県では2007年、認知症で徘徊していた男性が列車に跳ねられて死亡する事件が起き、「見守りを怠った」として、名古屋地裁が、振替輸送にかかった費用など720万円(2審で360万円に減額)の支払いを遺族に命じ、大きな話題になった。

認知症といえば中核症状である記憶障害が思い浮かぶ。だが患者と家族を苦しめているのは、記憶障害より、むしろ徘徊や暴言・暴力といった認知症の周辺症状、つまり生活障害だ。患者が家族の顔や名前を忘れても、穏やかな暮らしは可能だが、徘徊や暴力などが日常化すると生活は崩壊してしまう。

では、認知症の治療現場は、こうした現実に対応した治療を行えているだろうか。

在宅医療の第一人者で、毎日、数多くの認知症患者を診察し認知症に関する著書もある「長尾クリニック」の長尾和宏院長はこう語る。

「一日中、認知症の人が家の中で怒鳴っている生活を想像して下さい。悲惨ですよ。認知症治療では、まず家庭破壊につながる暴言などの生活障害を取り除くべきです。ところが多くの医療機関は記憶障害の治療が最優先で、生活障害は二の次、三の次。しかも、薬の効き方や副作用には個人差があるのに、それを無視した投薬が行われ、多くの患者と家族が薬の副作用による徘徊や暴力に苦しんでいます。医療が原因で作られる病気を『医原病』と言いますが、間違った認知症医療が医原病を作りだしている部分も大きいと思います」

診断が難しく薬の効き方もまちまち

この事実をいち早く指摘し、警鐘を鳴らし続けてきたのが「名古屋フォレストクリニック」の河野和彦院長だ。

河野氏は名古屋大学医学部老年科講師、愛知厚生連海南病院老年科部長などを歴任。現在も、毎年1200人以上の認知症の初診患者を診察していて、11年の読売新聞「『病院の実力』認知症編」で「初診者数日本一」と報じられた認知症治療の第一人者だ。「認知症治療の駆け込み寺」とも呼ばれる河野氏のクリニックには、他の医療機関で手に負えなくなった認知症患者とその家族が全国から訪れている。その河野氏が言う。

「認知症の治療は、本来なら患者の症状を診て、薬の種類や処方量を細かく調整する必要があります。それは認知症の世界が極めて特殊だからです。その特殊さを理解している医師でないと、逆に医療機関にかかればかかるほど認知症が悪化していくことになりかねない」

認知症の特殊さとは、診断がとても難しく、薬の効き方が患者ごとに大きく異なることだ。

認知症には、アルツハイマー型のほか、脳血管性、レビー小体型、前頭側頭葉変性症などの種類がある。一般的にはアルツハイマー型と脳血管性で全体の7割を占めるとされるが、河野氏の長年の経験では、アルツハイマー型は44%、レビー小体型21%、前頭側頭葉変性症15%、脳血管性10%、その他10%というのが実態ではないかという。

一般的な診断がアルツハイマー型と脳血管性に偏っているのは、誤診の多さを示唆しているとも考えられる。

日本で認知症の学問的研究が始まって、まだ30年足らず。「認知症の診断と治療法は確立しておらず、正しい診断と治療ができる医師は少ない」と河野氏は語る。

「レビーはアルツハイマーやパーキンソン病と、またピック病(前頭側頭葉変性症の一つ)は精神病とよく誤診されます。レビーについては医者ですら、原因や症状についてよく知らない人が多い。しかも、初めはアルツハイマーだったのに途中からレビーに移行するケースも多く、レビーとピック、あるいはアルツハイマーと脳血管性の混合型など、さまざまなタイプがある。複雑怪奇で一筋縄ではいかない病気なのです」(河野氏)

こんな複雑な病気が相手なのに、日本の治療は極めて画一的だ。象徴的なのが認知症の治療薬として一般的に知られているアリセプトという記憶障害の薬の扱い。日本では、アリセプトを機械的に処方する医師が大変多いのだ。

患者と家族を苦しめる過剰処方

アリセプトは、1999年に日本の製薬会社「エーザイ」が発売した日本発の薬だ。後発薬が発売されるまでの12年間、アリセプトは日本で唯一の認知症治療薬として普及。日本発の認知症薬ということから医学会が使用を推奨したため「何でもかんでもアリセプト」という状況が生まれた。

だが、「アリセプトは適切に使えば効果的な良薬だが、アルツハイマー型認知症にしか効かない上に、その他の認知症に使うと、逆に症状を悪化させる危険性が大きい」と河野氏は言う。

ちなみに日本では、脳血管性認知症にも安易にアリセプトを処方しているが、米国食品医薬品局(FDA)は、エーザイに対し「脳血管性認知症への効能追加を承認しない」との通知を出している。

症状を悪化させる処方は、どんなものがあるのか。河野氏が語る。

「私の経験では、アリセプトを処方して症状が悪化するのは過剰投与による副作用です。たとえば怒りっぽい症状が出ているアルツハイマーやピック病の患者にアリセプトだけを処方すると、興奮して手がつけられないほど暴れることがよくある。これは介護者の苦労を考えていない処方です」

また、レビー小体型で、ひじの関節がスムーズに動かない「歯車現象」のある患者に、アリセプトだけを処方すると歩けなくなるという。

「このほか、精神科医に多いのが、妄想のあるレビー患者に統合失調症の治療薬リスパダールを処方すること。これは歩行障害、寝たきり、嚥下障害につながる可能性が大きい。また認知症なのに、うつ病と誤診し、抗うつ剤を処方すると、認知症が悪化する危険性があります。中でも最悪なのは神経内科の“パニック処方”です。誤診と誤投薬で症状が悪化した患者に対し、医師がどうしていいか分からず、どんどん薬を増やしていくケースで、患者と家族は重篤な副作用に苦しめられます」

アリセプトの過剰投与が新たな認知症を作り出しているのなら、アリセプトの処方量を減らせばいいように思うが、それを実施する医療機関はほとんどない。経営上の問題があるからだ。

エーザイのHPにはアリセプトの用法・用量として3㎎から始め1、2週間後から5㎎に増量、さらに病状の進行に合わせて10㎎に増量すると書かれていて、医療機関はこの使用規定を守らねばならない。仮に医師が過剰投与と判断して、用量を減らして処方した場合、薬のレセプト(診療報酬明細書)審査が通らず、健保組合から医療費の支払いを受けられない仕組みになっているからだ。そうなると、患者に処方した薬代を医療機関が負担せねばならない。それが嫌なら、医療機関側は、過剰投与と分かっていても使用規定通りに処方するしかない。あるいは薬を止めるかだ。河野氏が言う。

「増量規定のある薬は極めて珍しい。厚生労働省に何度も改善を要請しているが無視されています。私は過剰投与にならないよう、薬の量を調整して処方していますが、一部の処方が認められず、昨年9月―11月だけで400万円の損失を余儀なくされました」

暴れていた人が笑うようになった!

だが河野氏は屈しない。河野氏は30年以上、現場で認知症患者を診てきた中で「コウノメソッド」という一群の認知症治療法を開発(インターネットで公開中)。コウノメソッドでは、アリセプトの最低使用量を減らし、別の薬に切り替えるなどしている。また周辺症状が出ている場合、それを治してから記憶障害の治療を行っている。

日常的に患者と接する介護者(主に家族)が、医師の指示に基づき、患者の様子を見ながら薬の量を調整する「家庭天秤法」もコウノメソッドの特徴だ。先の長尾氏もコウノメソッドの実践医だ。

「日本の医療界は“認知症になったらアウト”と思い込んでいるが、認知症の生活障害はコウノメソッドで治せます。いつも暴れていた人が笑うようになったといった劇的改善例は日常茶飯事です」

こうした数々の成功例があるため、現在、全国で約300の医療機関がコウノメソッドを実践(名古屋フォレストクリニックのHPで全国の実践医が紹介されている)。賛同する医師らによる「認知症治療研究会」も今年活動を開始した。

アリセプトを販売するエーザイは、本誌の質問に対し、「用法・用量は臨床試験の結果に基づき厚労省より承認されたもの」「過剰投与であるとする見解に基づく質問に対しては回答いたしかねます」と答えた。

厚労省と医学界、製薬会社は、患者や家族の苦しみに、いつまで背を向け続けるつもりなのか。

   

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