非正規と高齢者で国保は「瀕死」

もはや国保は「自営業者の保険」ではない。医療保険制度の抜本的な改革が急務。

2015年10月号 LIFE [特別寄稿]
by 三原 岳(東京財団研究員)

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東京財団(秋山昌廣理事長)では今年6月、政策提言『医療保険の制度改革に向けて』を公表した。なぜ今、制度改革を提言したのか。市町村が運営する国民健康保険(国保)が「瀕死の重傷」に陥り、小手先の対応では回復は不可能だからだ。政府は国の税金投入などテコ入れ策に躍起だが、抜本的な改革が急務の非常事態といえる。

20代加入者の6割超が「被用者」

日本の医療保険制度はサラリーマンが加入する被用者保険(健康保険組合、協会けんぽなど)、自営業者や農林従事者が加入する国保、75歳以上の高齢者が加入する後期高齢者医療制度に大別され、年齢と職業で細分化されている。このうち、国保は「国民皆保険」を支える基盤として整備されており、失業した時も医療サービスへのアクセスを確保している点で、国民にとってはセーフティーネットの機能を果たしている。医療保険の「最後の砦」と言われる所以だ。

だが、制度創設時に自営業者や農林従事者らを多く受け入れていた国保の構成は大きく変わりつつある。国の調査が悉皆(しっかい)となった1963年から現在に至るまでの国保加入者職業の年次推移(図1)を見ると、自営業者らが減る一方、「無職」「被用者」の割合が増えているのが一目瞭然である。

このうち、無職の多くは会社を退職して被用者保険を脱退したサラリーマンOBの高齢者であり、被用者は被用者保険から漏れる非正規雇用である。高齢者が多くなったのは言うまでもなく長寿命化の影響だ。国民皆保険が完成した61年度当時、日本人の平均寿命は男性66.03歳、女性70.79歳だったが、その後男女ともに80歳を超えた。

一方、非正規雇用が増えたことには産業構造の変化、グローバル競争の激化、雇用形態の多様化が影響している。サラリーマンの保険料は、通常であれば半分は会社(事業主負担)、半分は本人で折半する。しかし、激しい競争にさらされている企業には人件費削減のため、正社員の代わりに非正規雇用を採用し、かつ事業主負担を避けて被用者保険に加入させないインセンティブが働く。同じ職場で働いているにもかかわらず、雇用形態次第で加入する公的医療保険が違う事態が生まれやすくなっている。

国保加入者の年齢別職業分布(図2)を見ると、現役世代(20~64歳)では被用者の比率がトップで、特に20代、30代では6割を超えている。非正規雇用には就職氷河期世代のほか、既婚の女性パート労働者などさまざまな類型が含まれ、必ずしも一括りで考えることはできない。だが制度創設時の「被用者保険はサラリーマン、国保は自営業者や農林従事者」という棲み分けがなくなり、両者の境界線が極めてあいまいになっているのは事実である。

ところが、被用者保険と国保の間で保険料の格差は大きい。例えば、夫婦(妻は専業主婦)と子2人という世帯で給与収入300万円の場合、健保組合11万8290円、協会けんぽ15万円に対し、国保加入者の保険料は26万7809円(12年度)。国保には事業主負担がなく、その分本人の負担が増える上に、病気になるリスクの大きい高齢者が多く加入しているためである。

65~74歳の加入者割合は国保が32.5%に対し、協会けんぽは5.0%、健保組合は2.6%(同)。加入者の平均年齢も国保が50.4歳に対し、協会けんぽは36.4歳、健保組合は34.3歳だ(同)。高齢者の比率が上がると医療費が高くなり、その結果として保険料の負担が重くなる。加入者1人当たり医療費(同)を見ると、協会けんぽが16.1万円、健保組合が14.4万円に対し、国保は31.6万円と高い。この結果、保険の成立しやすい正社員が加入する被用者保険と、保険の成立しにくい高齢者と非正規雇用が多く加入する国保の間で保険料格差は極めて大きい。

こうした状況下で、保険料を払えない世帯が増えており、滞納しているのは今や国保加入世帯の17%に及ぶ。滞納が長期間になると、医療サービスを受ける際、窓口で医療費を一旦、全額自己負担しなければならない。低所得の世帯で生活保護の対象にならず、保険料も払えない場合には、十分な医療保障を受けられていない可能性がある。日本が世界に誇る「国民皆保険」の網から漏れる人は決して少なくないのだ。

真の課題は赤字でなく国民の分断

高齢化や滞納増加などの結果、現在、国保の実質的な赤字は毎年3千~4千億円にのぼり、これを穴埋めするため国や都道府県から投入する税金を増やしたり、被用者保険から財政移転したりする制度改正がなされてきた。今年は国保の財政運営を18年度から都道府県単位とする法律も成立した。

しかし、いずれも近視眼的な制度改正である。国保が「瀕死の重傷」となっているのは高齢者、非正規雇用を多く受け入れているためであり、国保の赤字は表面的な事象に過ぎない。国民を「保険の成立しやすい人」と「保険の成立しにくい人」で分断している現行の体制こそが真の課題である。

来年、非正規労働者に対する被用者保険の適用拡大が実施されることになっているが、それでも被用者保険に移るのは一部の人にとどまる。このままでは企業のインセンティブの問題も解決しない。雇用形態や働き方次第で保険料負担が大きく左右されるシステムは不公平だ。

東京財団の提言では、被用者保険と国保に分立している現行制度を改革し、都道府県単位に一元化するとともに、年齢や職業で区別されないシステムへの転換を促した。事業主負担を廃止し、その分を給与に上乗せした上で「社会連帯税(仮称)」を創設することなどを提言している。

もはや小手先だけの改革で国保を再建することは困難である。既存の枠組みにとらわれない議論が早急に求められる。

著者プロフィール
三原 岳

三原 岳(みはら たかし)

東京財団研究員

1973年生まれ。早大政経卒。1995年時事通信社に入社、税財政や社会保障、地方財政などの政策決定プロセスを取材。2011年4月から現職。主に医療・介護政策や地方政策を研究。

   

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