懲戒解雇された副院長が、亀田病院を恫喝した厚労医系技官を刑事告訴。検察の捜査が始まるか。
2016年1月号
DEEP
by 上 昌広(東京大学医科学研究所特任教授)
前月号の拙稿〈厚労省が恫喝「亀田病院」大変〉は大きな話題を呼び、筆者のもとに多くのメッセージが届いた。
そのほとんどが行政を批判した小松秀樹・元副院長を懲戒解雇した亀田総合病院(以下、亀田病院)に憤り、小松氏を処分しなかったら補助金を削ると恫喝した厚労省を糾弾する声だったが、中には「大病院にありがちな内紛」、「解雇された小松氏の私憤」と曲解する向きもあった。しかし、これは小松氏の私怨私憤ではない。
10月末、小松氏は弁護士と共に、検察と何度かの協議を重ねた上、告訴状と告発状を、検察に提出し、受理された。小松氏は「事の本質は国家による言論の自由の抑圧である。千葉県の課長を含む複数の公務員が関与し、亀田病院はその圧力の下に、懲戒処分を行った。本件は公務員による憲法と法治主義への組織的挑戦であり、国の根幹にかかわる。刑事法をもって厳正に対処すべき事案である」と述べ、小松氏自らへの不利益処分の取り消しを求めたわけではない。
小松氏が矛先を向けるのは厚労省の医系技官、井上肇、高岡志帆の両氏だ。井上氏は元千葉県保健医療担当部長、高岡氏は現職の千葉県健康福祉部医療整備課長。刑事告訴したのは「公務員職権濫用罪」「偽計業務妨害罪」「地方公務員法に定める秘密保持義務違反」「第三者供賄罪」に抵触したからだ。
「公務員職権濫用罪」は、既に交付が決定していた亀田病院の「地域医療学講座」の事業への補助金を、虚偽の理由により打ち切ろうとしたこと。
「偽計業務妨害罪」は、小松氏の言論活動を妨害するために、亀田病院への補助金を配分しないとほのめかして、小松氏を懲戒解雇させたこと。
「秘密保持義務違反」は、言論抑圧に憤慨した小松氏が厚労省高官に送った厳正対処の要望書を、逆に小松氏を懲戒解雇するため、高岡氏経由で亀田隆明理事長に送り付けたこと。
「第三者供賄罪」は、亀田病院から成田市内の病院への医師の派遣を斡旋し、巨額の派遣料を要求したことである。
刑事告訴・告発を受けた厚労官僚はどう出るのか。高岡氏は県医療整備課長の要職にとどまりながら、ダンマリを決め込んでいる。高岡氏が亀田理事長に送り付けた小松氏の厳正対処の要望書が、懲戒解雇の直接的な原因となっており、早晩、検察から事情を聴かれるだろう。
が、小松氏が指弾するのは、かねてより小松氏を目の敵にし、言論抑圧を仕掛けた井上氏のほうである。高岡氏は井上氏の後輩であり、井上氏が亀田理事長を恫喝し、小松氏のクビを切らせた経緯は、前号に述べた。
ところが、渦中の人、井上氏は9月19日に、厚労省結核感染症課長からスイスの世界保健機関(WHO)に栄転。小松氏が懲戒解雇されたのは9月25日だから絶妙のタイミングだった。厚労省内にも「井上氏は、第一次安倍内閣で厚労副大臣を務めた武見敬三氏を頼みにしていた。十中八九は政治力を使って海外に赴任したのだろうか。後は野となれ山となれではないか」と酷評する向きがある。
小松氏は「検察による捜査が近いうちに開始されるはずである。厳正な捜査と判断を期待する」と言うが、井上氏はスイスの空の下で枕を高くしている。
評判ガタ落ちの亀田病院はどうなったのか。そのダメージは厚労省と比べ物にならない。世の脚光を浴びてきた名門病院の「化けの皮」が剝がれたからだ。
小松氏の後を追うように医者が辞めており、旧知の若手医師は「理想と現実のギャップが大きすぎる。早く抜け出したい」と言う。また、別の医師は「医師が溢れていたのは昔の話。最近は、亀田病院はマンパワー不足だ」と内情を明かす。
亀田病院は、そもそも医師の定着率が悪く、例年多くの医師が辞めていったが、就職希望者に恵まれ、全体として医師数は増えていた。15年4月現在、亀田病院を主とする医療法人鉄蕉会全体で460人の医師を抱えているが、今回の首切り事件で医師たちの腰が引けてしまった。
そのしわ寄せは亀田病院傘下の別の病院や看護学校・大学に及びつつある。館山市内の安房地域医療センターのメディカルディレクターから「亀田病院からの派遣医師が削減される予定があったりして、スタッフが不足します。そこでもし、当院で一緒に仕事をしてくれる人がいれば、お待ちしています。募集科は次の通りです。救急科、循環器科、消化器内科医、総合診療科」というメールが届き、状況悪化を物語っている。
同センターは、08年に亀田グループが、経営不振の安房医師会病院から引きついだ館山市で最大の急性期病院だ。地元で発生した急患の9割以上を引き受けており、亀田病院が医師を引き揚げたら、館山市の医療は崩壊する。
亀田グループは南房総で亀田医療大学、亀田医療技術専門学校、安房医療福祉専門学校という三つの看護師育成機関を経営している。何れも亀田グループの支援がなければ成り立たない。
12年4月に開学した亀田医療大学は、15年度までの経常経費21億4800万円のうち、6億円を亀田グループからの寄付で賄った。この先、三つの学校はやっていけるのだろうか。
亀田の屋台骨が、度重なるハコモノ投資で傾いていることは、前号で詳述した。有利子負債が331億円に達し、固定比率は2137%の異常値を示し、自己資本率はわずか3.8%。極端な過小資本であり、資金繰りは楽ではないはずだ。
ところが、鉄蕉会の亀田隆明理事長をはじめ亀田一族には危機感が乏しい。厚労省の恫喝に屈し、副院長を懲戒解雇した「ブラック病院」のレッテルを貼られ、煌(きら)びやかなブランドイメージが粉みじんに砕けたことに気が付かない。
万一、亀田病院がダメになったら地元雇用に影響が及ぶ。亀田グループの根もとである鉄蕉会の従業員は3276人(15年4月現在)。亀田一族は「鴨川市の人口の10%は亀田の職員である」と豪語してきた。
長年にわたり、亀田病院は地域医療を守る病院として称揚され、厚労省や地元自治体から庇護されてきた。亀田一族は行政と癒着を深め、堕落した。厚労省に恫喝されると、補助金欲しさに、まともな医師のクビを切った。そこには患者目線も医師の矜持も病院の理想もない。