2016年4月号 BUSINESS
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される」(夏目漱石『草枕』)――。理屈で割り切ると周囲とぶつかる。かといって、他人を慮ってばかりいると足下を掬われる。「兎角に人の世は住みにくい」のが、世の常だ。
ところが、波が立とうが角が立とうが構いなしの「豪傑」が稀に現れる。最近では、政府・与党内の調整を一切すっ飛ばし、「岩盤規制」に挑み掛かった宗像直子首相秘書官(経済産業省、59年入省)の武勇が評判だ。
2月5日、安倍晋三首相が議長を務める国家戦略特区諮問会議で、宗像秘書官は農水省と自民党農林族が忌み嫌う企業の農地保有解禁を仕掛けた。席上、有識者議員の竹中平蔵慶大教授が「農地保有規制こそザ・岩盤規制であり、背後にザ・抵抗勢力がいる」と、官邸のリーダーシップを求め、「大胆な改革事項を盛り込んだ改正特区法案を今国会に提出する」という総理発言を引き出した。寝耳に水の自民農林族は「竹中と宗像が書いた台本だ」といきり立った。
官邸で開かれる重要会議は関係省庁が事前に議案の中身を擦り合わせ出席閣僚の発言を調整するのが霞が関の掟。ところが、宗像秘書官は国家戦略特区内で企業が農地を取得できる「平成の農地解放」シナリオを、農水省抜きで仕組んだ。もちろん農林族議員は蚊帳の外だ。この動きを農水省が察知したのは会議の3日前。内閣府関係者は「慌てふためいた農水省の佐藤速水総括審議官がウチの幹部を呼び付け、農地を議題から外せ、外せないと、怒鳴り合いになった」と言う。農水省は本川一善事務次官まで乗り出して圧力を掛けたが、内閣府は「石破茂地方創生大臣の意向を盾に押し返した」(関係筋)。
ところが、この時、当の石破大臣は「企業の農地取得を本当に認めてよいものか迷っていた。つまり宗像秘書官が操る内閣府がデタラメの説明をしていたわけだ」と、農林族議員は憤る。さらに、菅義偉官房長官も「農水省外し」のシナリオは「全く知らされていなかった」(同)。
企業の農地取得には農家や農業団体のアレルギーが強い。怒り心頭の農林族議員が菅官房長官を巻き込み、改革案の骨抜きに奔走。最終的には厳しい制限を付け、兵庫県養父(やぶ)市の特区内に限ることになったが、岩盤規制に風穴が開くことになった。
宗像氏は尖鋭な自由貿易論者であり、経産省から米ブルッキングス研究所にフェローとして派遣され、英文で『東アジアのFTA(自由貿易協定)』という書籍を刊行した才女だ。
「理は我にあり」となると、組織の論理などお構いなし。かつて自らが練った環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加プランが、経産省内で却下されると「会議室に立て籠った武勇伝は今でも語り草」と、経産省OBは苦笑する。それでも貿易経済協力局長に出世を遂げ首相秘書官に抜擢されたのだから、その力量は折り紙つき。鋼のごとき官邸の女暴れ馬が、初の女性経産次官に就く可能性もなきにしもあらずだが、さしずめ国際経済担当の最高位、経済産業審議官に昇格するのではないか。