2016年5月号 LIFE
中南米で流行しているジカ熱。妊婦が感染すると、胎児の脳が発育せず小頭症につながる疑いがあり、ブラジルでは昨年、小頭症の新生児が2010年に比べ10倍程度と急増したという。感染症の専門家は「いつ日本で国内感染が起きてもおかしくない」とみるが、国内感染を警戒する報道は少なく、十分な対策は取られていない。
ジカ熱のウイルスは1947年、アフリカ・ウガンダにある「ジカの森」のサルで初めて確認された。
ジカ熱は、感染者の血を吸った蚊が別の人を刺すことで広がる。感染者の8割は症状がなく、症状が出たとしても発熱と発疹程度。このため大半が病院に行かず、普段通りの生活をしてウイルスを広げているとみられている。13年~14年に流行が起きた太平洋の島々では、1年間に全人口の7割が感染するほどの勢いを見せた。
15年にはブラジルでの流行が判明。それまでは軽い感染症だと思われていたが、小頭症の急増で一気に注目を集め、世界保健機関(WHO)が2月、緊急事態を宣言した。
妊婦が初めてジカ熱に感染すると、免疫ができるまでの数日間、胎児の体内でウイルスが増え続ける。ウイルスは神経系細胞に感染しやすい性質を持っており、小頭症のほか神経障害、発育不全、死亡などのさまざまな症状が現れる疑いが報告されている。特に妊娠初期が危険とされるが、異常が出る確率がどの程度かは、はっきりしない。
日本では2月、ブラジルから帰国した少年の感染が分かったのを皮切りに、3月末までに「輸入例」4人が確認された。
感染症の専門家は「実際の数は桁違いに多いとみるべきだ」と話す。8月にリオデジャネイロで開かれる五輪には、日本から1万人が訪れる見通しで、危険性はさらに高まる。タイやベトナムでも少数ながら感染者が見つかっており、水面下での広がりも懸念されている。この専門家は「こうした国で感染した人から、国内感染が起きるまでは秒読み。既に感染が起きている可能性すらある」と分析する。
ジカ熱と同じヒトスジシマカが媒介するデング熱は、14年に代々木公園から全国に広がり、分かっているだけで162人が感染した。別の専門家も「ジカ熱でも同様のことが起きる可能性は低くない」と口をそろえる。
気温と湿度が高く蚊の活動が盛んな日本は、先進国の中では最も危険性が高い国の一つだ。温暖化の影響により、ヒトスジシマカは近年は北海道と青森県を除く全国に生息しており、九州で4月下旬、関東でも5月に吸血を始める。
ジカ熱のワクチンは未開発で治療薬もない。取れる対策は、蚊の駆除や、幼虫が育つ水たまりを身の回りから減らすこと、蚊に刺されないようにすることだけだ。特に妊婦は蚊が多い環境を避け、外出時は虫除けを使うことが重要になる。性行為で感染する可能性があるため、パートナーが流行国から帰国した後は、症状がなくてもコンドームを使用するよう勧められてもいる。
だが、こうした対策もジカ熱の危険性も、日本では十分に知らされていない。自治体、個人ともに危機感が薄いのが現状だ。専門家は「小頭症が1人でも出れば、国中がパニックになる」と懸念している。