トーマツ「空騒ぎ」で監査人降板

3月マザーズ上場のフィットに「不適切計上の恐れ」と指摘したが、金融庁怖さの過剰防衛。

2016年9月号 BUSINESS
by 山口義正(ジャーナリスト)

  • はてなブックマークに追加

7月29日付のフィットのリリース

「監査法人から言われた通りに処理してきたんですけどねぇ……」

期末監査の途中で急に会計処理に問題があると指摘されたフィット(東証マザーズ上場)の関係者たちは、当惑気味に口を揃えてこう言う。

建売住宅や太陽光発電システムなどを手がける同社は3月11日に上場したばかり。2009年に徳島県で創業して四国を中心に事業を展開、7年で上場にこぎ着けた。過去5期のうちに売上高は4倍余りに拡大し、16年3月期には70億円台となった。利益率も大きく改善し、営業利益率は14%に達しているから、まずまず好採算企業といえる。

ところが、会計監査を受け持つ大手監査法人トーマツが突如「(太陽光発電などの)エナジー事業の平成28年4月以降に計上すべき売上取引の一部が、平成28年3月に計上されている可能性がある」と指摘した。決算を発表して有価証券報告書を作成し株主総会も開かなくてはならない時期に、監査証明にハンコをつかないと言い出したのだ。

フィットが第三者調査委員会を立ち上げたのは5月17日。上場2カ月で問題が発覚したのは「史上最速」と、ネットニュースなどでも揶揄された。上場後わずか3カ月で業績見通しを黒字から赤字に下方修正したゲームメーカーのgumiや、元取締役による横領が発覚したゲーム紹介サイトAppBankなど、新規上場銘柄の不始末が相次ぐだけに、フィットも「なんだ、またか」と同列視されてしまったのだ。

決算発表も総会も遅れた

6月25日に公表された調査報告書には「平成28年3月期において受領書の日付と実際の受領書作成日が大幅に乖離していた取引等が相当数発生していた」「原因は、売上計上にかかる業務体制上の問題点、内部管理体制の不十分さ及び役職員の会計処理に関するコンプライアンス意識の欠如にあった」などの問題点が指摘されている。

その結果、7月29日に発表した決算では、当初は85億円を見込んでいた売上高が計画に届かず74億円で着地した。営業利益は12億円の見込みが11億円と修正幅は小さく「赤字決算を黒字に見せかけた」といった東芝的な悪質性は感じられない。

無理な売上計上は、鈴江崇文社長以下、取締役や監査役に責任ありとしているが、限定的な言い回しでとどめている。第三者委を設置して調査を尽くすよう提案したのはトーマツだが、そもそもわざわざ第三者委を立ち上げるほどの深刻な問題だったのか疑問符がつく。

一方、調査報告書にトーマツに対する指摘は一切ない。フィットは「監査証明を出してもらわなければならない立場だから」(広報担当者)と多くを語らないが、実は金融機関の間では「調査報告書には当初、会計処理を助言してきたトーマツの責任も指摘されそうになったが、トーマツ側が“受け入れられない”と反発した」と囁かれている。

フィットはこうしたトーマツの責任論を否定しているが、内心はトーマツに対して憤懣やるかたないはずだ。「トーマツの指示通りに会計処理した」のが問題になり、一時は決算発表すらできなかったのだから。有価証券報告書も作成できず、株主総会も延期せざるを得なくなった。

株主総会の日程は結局、8月30日に決まったが、議案に盛り込まなければならない新任取締役の選定も遅れに遅れた。「最速記録」に警戒したこともあって、役員就任を打診された候補者たちが「この会社、大丈夫か?」と二の足を踏んだ。

東芝の粉飾決算が発覚したのを受けて、金融庁が監査法人の尻を叩いて「しっかりしろ」と指導し始めたのは今年1月。トーマツがフィットの売上計上を問題視したのはそのせいらしい。

「現場の会計士とトーマツの品質管理部門、上層部の間で情報の共有や擦り合わせが不十分で、最終的にはトーマツ上層部が会計処理が適切でないと判断した。最近、トーマツの監査案件にはこうしたケースが多くてね」とは証券関係者の言葉だ。東芝の「裏コンサル」疑惑やAppBankのトラブル隠しなどで金融庁やJPXから睨まれているトーマツだけに、アツモノに懲りてナマスを吹いたのか。「フィットはトーマツの指示通りに売上計上してきたのでは?」などの質問を送ったところ、トーマツは「守秘義務の観点から回答は控える」。

ダボハゼ主幹事の責任

フィットは7月29日付で「会計監査人の異動に関するお知らせ」を発表。任期満了となったトーマツが監査から降りる意向を示してきたとの内容だが、実際には「フィットがトーマツに不信感を募らせて交代させることを決めた」(証券会社)という。監査法人をこのタイミングで交代させてしまえば、「ほかにも問題を抱えているのでは」と余計な勘ぐりを招くだろうに。

ただ、フィットに問題がなかったわけではない。フィットは建売住宅も手掛けているとはいえ、売上に占める割合はエナジー事業の方が圧倒的に大きく、主力は投資家への太陽光発電システム販売。ところが再生エネルギー特措法の下での電力買い取り価格が段階的に引き下げられ、フィットのエナジー事業も戦略見直しを迫られるようになっていた。加えて太陽光発電の用地確保は調査が不十分で、日陰になる土地や塩害を抱えた土地など、不良資産化しかねない物件も抱え込んでおり、これも無理な売上計上の誘因になった。いつでも上場を維持できるだけの成長性や安定性を持っているかどうかという疑問も湧く。

また、フィットは今期から監査等委員会設置会社への移行を決めているが、監査役2人は横滑りで取締役に就くことなく退任したから、今回の会計処理を巡って責任を取った格好だ。それなら鈴江社長ら取締役も不適切会計の責任を負って然るべきだろうが、そうなっていない。

口さがない市場関係者は、主幹事証券のSBI証券に対し「ダボハゼ的に主幹事を取ろうとするからこうなる」と手厳しい。上場して1年にも満たないある企業では、オーナー社長がIPO(株式公開)でまとまった資金を手にした途端に社員の首を切り始め、ほんの2、3カ月のうちに社員の3割がいなくなった。いまどきの新規上場企業は、こんなものなのだろう。

そこに金融庁を恐れる監査法人が絡めば、IPO市場のドタバタ劇はまだ続くに違いない。

(敬称略)

著者プロフィール

山口義正

ジャーナリスト

   

  • はてなブックマークに追加