坂田 幸治 氏 氏
東京電力労働組合中央執行委員長
2017年3月号 LIFE [インタビュー]
1965年生まれ。早稲田大学教育学部卒業。88年東電入社。労務畑を歩き、「連合総合生活開発研究所」出向を経て、98年から東電労組専従。07年中央書記長、15年5月より現職。
――大震災から丸6年になります。
坂田 あの日は春闘の真っただ中。本店での労使協議に向かう途中でした。それから半年は会社存続が危ぶまれ、労働条件が悪化して眠れぬ日が続きました。
――振り返って一番つらかったのは?
坂田 依願退職が続出し、14年度に創業以来初めて行った早期退職1151人と合わせると、この6年間に約3700人が退社したことです。東電社員は震災前の約3万9千人から3万3千人に減り、組合員も2万8千人に激減しました。
――労働環境は改善しましたか。
坂田 震災後の管理職30%、一般職20%の給与カットは、昨年の春闘で5%減まで回復しましたが、廃炉、賠償・復興推進業務に要員をシフトしたため、電気事業は震災前より非常に少ない要員で運営しています。震災前年と昨年の組合員数を比較すると(表参照)、本店と福島は増えていますが、東京、神奈川、千葉、埼玉、茨城、栃木、群馬、山梨などは軒並み3割減です。ドラスティックな要員効率化に拍車がかかったからです。
昨年開かれた東京電力労働組合の第61回定時大会
――現場に支障は出ないものですか?
坂田 今はヒト・モノ・カネを削れるだけ削って、ぎりぎり持たせています。経営効率化や利益の向上も大切ですが、安定供給を確保し、社会の皆さまの生活に支障を及ぼさないよう、エネルギーの最適サービスを提供することが、我々の使命なんですが――。このままコスト削減が続けば、自信はありませんね。
――昨年10月、埼玉県新座市の地下トンネルで老朽化ケーブルが燃え、約58万世帯が停電、首都機能がマヒしました。
坂田 組合の調査でも現場の人手不足や点検不備はなかったけれど、油断はできませんね。震災以降、退職者が急増する一方、毎年1千人以上採用してきた新卒募集を2年間停止し、14年から再開したものの、今年の新卒採用は300人に満たなかった。社員が3万3千人の当社は、毎年1千人の新卒を採らないと、いずれ現場が回らなくなります。労使ともに慢性的な人手不足を認識しているのに、三つの基幹事業会社は収益拡大を求められ、コスト削減を優先せざるを得ない。結果、社員の年齢構成は50歳以上が27%、40歳代が38%、30歳代が20%、30歳未満が15%になり、平均年齢も43.3歳に跳ね上がりました。
――「現場力」を維持できますか。
坂田 安定供給に対する使命感や、技術・技能やノウハウといったものは一朝一夕に身につくものではありません。長年の経験や蓄積は、仲間同士のつながりや、OJTによって形成されていくものであり、これが「現場力」に繋がっていくのです。40歳未満の社員が35%という構成は、いくら何でも少なすぎます。
――経産省の有識者会議が「東電改革提言」を出し、「向こう30年に捻出すべき資金は16兆円。年間5千億円のお金を稼ぎ、今までにないコスト合理化や収益拡大を目指せ」と論じています。
坂田 いわゆる「東電委員会」の提言については、我々労組に一切説明がなく、マスコミにより「事業再編が不可避」といった報道が先行し、職場に不安を与えるものでした。今春、国(原賠機構)と東電が共同で作成する新・総合特別事業計画の改訂に反映されるため、今後の労使協議の場で論議を重ねたいと思います。
――「コスト削減などによる年間5千億円の収益達成」は、実現可能ですか。
坂田 昨春の「小売り全面自由化」や「HDカンパニー制への移行」といった大変革の中で、各職場は与えられた以上の「役割」と「責任」を果たすため、懸命な努力を重ねてきました。今年も「責任と競争の両立」や「非連続の経営改革」に向け、様々な経営課題への挑戦が求められると思います。しかし、その一方でコスト削減や生産性倍増の取り組みを迫られた現場では、お客様にご迷惑をかけるトラブルや問題が多発しています。
組合員から「競争入札等の経営合理化の負の側面」「スマートメーター設置工事の遅延」「カスタマーセンターの電話対応率低下」「包括的アライアンスの推進に伴う就労環境の変化」など、諸々の意見が寄せられています。職場の努力で何とか対応が図られているものの、限られた要員の中で時間外勤務の削減の制約もあり、職場負担感は増大しています。電力の低廉かつ安定的な供給を実現しつつ、更なるコスト削減で年間5千億円の資金を稼ぐことは容易ならざることです。
――提言には「経済事業の理念は世界市場で勝ち抜くことで、福島への責任を果たす」などと書かれています。
坂田 我々も東電は生まれ変わらなければならないと考えています。競争力を高め、グローバル・プレーヤーをめざすことを否定しません。しかし、雇用の調整や人件費を含むコスト削減によって、世界競争を勝ち抜き、電力の安定供給を果たせるとは到底考えられません。
――提言には「次世代人材を思い切って登用すべき……その刺激の中で全く新しい東電文化を生む必要」ともあります。
坂田 次世代登用を否定する気はありませんが「若ければいい」と考える社員は皆無ですね。震災以降、HDの廣瀬社長(64)や福島復興本社の石崎代表(63)は苦労を共にしてきました。どんな若手や外部人材を抜擢しても職場実態を十分理解し、現場を思いやる人でなかったら、組合員はついていかないでしょう。
今年度は「競争と責任に関する経営評価」の最終年度であり、「労使自治」を維持・発展させていくうえでも国の議決権を減らし、自立的運営体制に戻していくことが、労使双方にとって、何としても達成しなければならない課題になっています。東電労組はどんな困難にも決して挫けない底力を持った仲間の集団であり、前を向いて一つひとつの課題に取り組んでいきますが、組合員の理解と納得が得られない押しつけの改革は、現場を疲弊させるだけ。決して成功しません。
(聞き手 本誌編集長 宮嶋巌)