海外に潜伏した郭文貴を骨までしゃぶろうとする公安。捨て身の糾弾は党内抗争か「草根」の復讐か。
2017年6月号 GLOBAL
米国に潜伏する郭文貴写真は郭のツイッターより
中国の諜報機関、国家安全省のエージェントだった一人の政商が、中国共産党を震撼させている。その人物の名は郭(グオ)文貴(グイ)。中国の投資会社「北京盤古氏投資」および「北京政泉控股」の実質オーナーで、現在は米国に逃亡中の身だ。
郭は2015年1月に汚職容疑で失脚した国家安全省次官の馬建の指令を受け、共産党指導者や親族による海外蓄財や情事などのスキャンダル情報を収集していた。その一方、馬の権威をバックに強引なビジネスを展開し、北京オリンピック関連の不動産開発利権で巨万の富を築いたとされる。
共産党の汚職捜査機関である中央紀律検査委員会(中紀委)が馬を拘束した時、郭は既に危険を察知して海外に逃れていた。噂によれば、郭は馬が託した大量の国家機密を握っており、中国当局が水面下で米国に身柄引き渡しを求めているという。
そんな“お尋ね者”がネット上に顔出しで堂々と登場。米国の華字メディアのインタビュー動画や自身のツイッターなどを通じて、「4人の高級幹部の腐敗ぶりとその証拠を暴露する」と反攻の狼煙を上げたのだ。
今年1月26日、郭は華字メディア「明鏡グループ」の生放送インタビューに出演。中国公安省次官の傳政華とその親族が、職権を濫用して数百億元を懐に入れたと告発した。
郭によれば、傳は馬の失脚時に郭の親族8人と会社の部下30人余を拘束して拷問したうえ、彼らの釈放と引き換えに巨額の賄賂を要求した。カネを支払っても全員の釈放には応じず、郭をゆすり続けたという。
傳は北京市公安局出身のエリート警察官僚で、胡錦涛政権時代に“公安のドン”として権勢を振るった周永康(前党中央政治局常務委員)の忠臣だった。ところが12年に最高指導者の座に就いた習近平(国家主席兼党総書記)が盟友の王岐山を中紀委トップに指名して“反腐敗キャンペーン”を発動すると、傳は習・王サイドに寝返り、周のクーデター未遂の証拠を渡して14年7月に失脚に追い込む立役者になったと囁かれている。
つまり郭は、「反腐敗の英雄もまた腐敗まみれだ」と糾弾したのだ。もし事実なら衝撃的だが、第三者には裏付けの取りようがない。郭は3月8日にも明鏡のインタビューに応じたが、注目はまだ限定的だった。
事態が急展開したのは4月19日、米公共放送ボイス・オブ・アメリカ(VOA)の中国語部門が郭のインタビューを生中継した時だ。そのなかで郭は、家族や部下を人質にした傳が郭に協力を迫り、王岐山の親族と航空大手「海南航空グループ」の関係を詳しく洗うよう求めたと明かした。
さらに傳は、司法・公安部門を統率する党機関の中央政法委員会のトップを務める孟建柱の愛人関係も調べるよう要求。その際に、王と孟を調査するのは「習主席の直々の命令だ」と説明した。そして郭が実際に調べると、王の親族と海南航空の癒着など腐敗の証拠が続々と見つかったというのだ。
ところが、ここで予想もしないハプニングが起きた。VOAのインタビュー番組は3時間の予定だったが、生放送にもかかわらず開始から1時間20分の時点で突然中断されたのである。
その後、中国外務省が郭のインタビューを放送しないようVOAに要請していたことや(郭は5日前にツイッターで番組を予告していた)、放送中断を命じたのがVOAトップのアマンダ・ベネットだったことなどが判明。VOAは中国の圧力には屈していないと主張するが、真相は藪の中だ。
それだけではない。放送前日には、中国公安省の求めにより国際刑事警察機構(インターポール)が郭の国際手配書を発行。中国外務省の報道官が定例会見でそれを認めた。と同時に、党中央宣伝部の統率下にある中国メディアが、馬建を後ろ盾にした郭の犯罪について一斉に報道し始めた。
ネット上には、馬が郭からの収賄を告白する出所不明の動画まで出現。チャイナ・ウォッチャーたちは騒然となった。繰り返すが、郭の主張は裏付けが取れないものばかりで、真っ赤なウソかもしれない。にもかかわらず中国当局が過剰なまでの反応を示したのは、郭が持つ醜聞情報を共産党がいかに恐れているかの証拠と言える。
なかでも王岐山の親族の腐敗や、習近平が王の調査を命じたことが仮に立証されれば、その打撃は計り知れない。汚職捜査機関トップの一族も腐敗しており、最高指導者も目をつぶっているとしたら、反腐敗キャンペーンは綱紀粛正に名を借りた“茶番劇”に過ぎないことが露呈してしまうからだ。
今秋の共産党大会(19大)に向けた党内人事抗争への影響は避けられないだろう。
郭が腐敗暴露を予告した4人の高級幹部のうち、既に実名が挙がったのは傳政華、王岐山、孟建柱の3人。残る1人は誰なのか。郭は1989年の天安門事件の記念日である6月4日をメドに記者会見を開くと宣言、さらなる告発をほのめかしている。中国当局の反応を含め、予見できない波乱が続きそうだ。
2年以上も海外に潜伏していた郭は、なぜこのタイミングで行動を起こしたのか。失脚した馬建は上海閥の重鎮、曾慶紅(元国家副主席)の子飼いだったとされることから、ウォッチャーの間には、上海閥が19大に向けて習と王の離間を図るために仕掛けた陰謀との見方もある。だが裏付けを取るのはやはり不可能だ。
むしろ気がかりなのは、郭の動画やツイートから濃厚に漂う「私怨」の臭いである。海外に逃れても中国の家族や部下を人質に取られ、賄賂やスパイ活動を強要され続ける。終わりのない無間地獄だ。
そんな苦しみを味わうのは、自分が世の中から抹殺されても誰にも顧みられない「草根(ツアオガン)」(一般庶民)だからだ――。郭はそう訴えている。草根は、「太子党」「紅二代」「官二代」などと呼ばれる共産党の特権階級の対極にある言葉だ。職権濫用で私腹を肥やしても決して追及されず、庶民を虫けらのように見下す彼らを、郭は心底怨んでいるかに見える。
もちろん、世間の同情を買うための演技かもしれない。とはいえ派閥抗争の陰謀なら妥協も成立し得るが、私怨となると話は別だ。郭の捨て身の復讐により、共産党が予想を超える深手を負う可能性も排除すべきではない。(敬称略)