「何時間働こうが給料は同じ」。残業地獄に喘ぐ現職教員50人が「部活改革ネットワーク」旗揚げ!
2017年7月号 LIFE
名古屋市で開かれた「部活改革ネットワーク」のオフ会
電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)の過労自殺をきっかけに過重労働の実態に世間の注目が集まった。電通は刑事責任を問われ社長は引責辞任に追い込まれた。社会が「ブラック職場」に対し厳しい視線を注ぐようになった中で、取り残された職場がある。過重労働撲滅特別対策班(かとく)も足を踏み入れたことがない――それが学校だ。閉鎖的な組織で物言えず苦しんできた教員たちが、社会の関心を追い風に、少しずつ声を上げ始めている。
文部科学省は4月28日、昨年度の教員勤務実態調査結果を公表した。国が示す「過労死ライン」に達する月80時間以上の時間外労働をした教員は、中学校が半数以上の57.7%、小学校は33.5%だった。過労死ラインの2倍に達した教員も中学校で8.5%いた。中学校では土日の部活動の指導時間が10年前の2倍に増加していた。
「電通だけじゃない」。近畿地方のある中学校の女性教員は悲痛な声を上げる。毎朝6時半ごろ出勤し、顧問を務める運動部の朝練のために体育館のカギを開ける。授業の空き時間は生徒の提出したノートの返事書きやプリント類の整理。給食時間は生徒を呼んで進路指導にあてている。6時間目が終了すると10分後に部活動が始まるため、走って体育館に移動する。午後7時頃終了し、それから採点や事務作業が始まる。教育委員会の視察や学校行事が控えている場合は、帰りが午前1時や2時になることは珍しくない。同僚も同じで、職員室は不夜城のように明かりがともり続ける。教員は「それでも翌朝5時に起きて学校に行くんです」と力なく笑う。土日は部活動の練習や大会の引率。最近でこそ校長から「土日はどちらか休むように」と指示されたが、平日たまった仕事を片付けると週末は終わる。「睡眠時間も十分に確保できず、食事も朝は通勤途中、昼は10分で給食をかきこむ、夜は遅いので抜く、もしくは帰宅途中に適当に済ませるので何も楽しくありません。生きるために働くのではなく働くために生きている」と訴える。
この教員の学校では、勤務記録簿が24時までしかない。未明になろうとつけられる退勤記録は24時まで。しかし、実際は午後8時や9時に改ざんしてつけることが多いという。連合総研が昨年発表した調査でも、小中学校の多くで、管理職による出退勤時刻の把握が適切に行われていないことが明らかになっている。民間企業なら当局からすぐに指導を受けそうなずさんな管理体制の背景にあるのは「給特法」という独自の法制度だ。公立学校の教員は、労働基準法による時間外労働の割増賃金の適用が除外され、代わりに「教職調整額」が月給に一律4%上乗せされている。要は公立学校の教員に一般的な時間外手当、休日手当はない。何時間働こうが給料は同じ。このため現場の教員、管理職ともに勤務時間を正確に把握するという意識が薄い。ある教員は「まじめに記録して100時間を超えていることに気づくと、ぞっとするだけ」と笑う。
長時間労働の主な要因となっているのが部活動だ。平日はもちろん土日は試合、夏休みは遠征などがある。部活動は任意の活動のはずだが、ほとんどの学校で若手教員を中心に強制的に担当を決められているのが実情。運動部の場合、経験のない競技を割り振られることも多い。「十分な指導力がないのに顧問を務め、自分の存在価値を否定されている気分」「事故が起こりそうでいつも怖い」など心理的に大きな負担となっている。また、審判資格の取得や競技用品の購入を強制され、金銭的な負担を訴える教員も少なくない。前出の中学校の女性教員は「学級経営や教科指導でクレームを保護者から受けたことはないが、部活動になると『練習を土日両方やらないのは甘えている』『なぜうちの子が出場できないのか』など苦情が次々寄せられる」とため息をつく。部活動への不満を漏らすと一人前の教員として扱われず、運動部の顧問などを拒否すると「村八分」的な仕打ちを受けることもあるという。
学校のリスク問題に詳しい名古屋大学の内田良准教授は、こうした部活動の過熱は、「評価」と結びつくことによって始まったと指摘する。80年代以降、「ペーパーテストだけでなく子どもの多面的な能力を見るべき」という風潮が強まり、部活動が受験という評価軸に入ってきたという。内申点に有利に働くためには結果が必要となり、休み返上で練習する勝利至上主義へと向かう。部活動は教員や学校の評価にもつながり、学校ぐるみでますます傾倒していく。三重県では4月、運動部が強豪の県立高校5校で越境入学が明るみに出たほか、千葉県では3月、県立幕張総合高校が入試の際、運動部の有力選手を優遇していたことが報じられた。一方、長時間の部活動は子どもにとっても負担が大きく、学業の支障やいじめの温床になりかねないとも内田准教授は警鐘を鳴らす。文科省は教員の負担軽減や生徒の技術力向上のため、4月から部活動に外部指導員制度を導入し、休養日を適切に設けるよう通知しているが、構造的な問題を解決しない限り、実効性には疑問符がつく。
こうした中、現場の教員たちが声を上げ始めた。現職教員による「部活改革ネットワーク」が4月30日発足し、全国5つの支部で活動を始めた。メンバーは現在約50人で、ツイッターを中心に意見交換しつつ、オフ会で顔も会わせる。代表を務める高校教員によると、部活問題は学校組織で口にするのがまだタブーだという。物言えず悩んでいる先生たちをつなぎ、ひとりひとりの問題を解決していくのが目的で、メンバーの匿名性は厳重に守られる。5月13日、名古屋市で開かれたオフ会には8人の教員が参加。育児休暇から復帰したばかりの中学校教員は午前6時半から子どもを祖父母に預けて出勤し、支給されない高速代を払って急いで帰宅しても、我が子と関わる時間が1時間もないという。それぞれ自分の境遇を説明し、どうやって改善していけるか知恵を出し合った。今後各自がブログやツイッターなどを駆使して情報を発信していく。文科省も労働組合も長年、真正面から向き合ってこなかったブラック職場にようやく風穴が開くかもしれない。