対北朝鮮「米軍事シナリオ12策」

多くの人が武力攻撃は想定外と言うが、米本土に届く核ミサイルを北が持つことこそ想定外。

2017年9月号 GLOBAL [特別寄稿]
by ポール・ゴールドスタイン

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北朝鮮のICBM「火星14」(7月29日)

Photo:朝鮮通信=Jiji

「米軍が北朝鮮を武力攻撃するなんて、現実にはあり得ないですよね」――。日本の友人からこう問われることが増えた。そこにはトランプ政権に対する誤解があり、戦後70年も戦闘に巻き込まれたことのない日本人の甘えが見え隠れする。「残忍で下劣きわまる政権」(マクマスター国家安全保障問題担当大統領補佐官)の至近距離にある日本は、そこにある危機を見て見ないふりをいつまで続けるのか。

まずトランプ政権が弱腰でないことを強調したい。米国の大手メディアは「トランプ叩き」をエスカレートさせ、報道はかなり偏向している。確かにホワイトハウスは経験が浅いスタッフばかりで、内輪もめやリークを繰り返している。しかし外交・安全保障についてはマティス国防長官、マクマスター陸軍中将・国家安全保障問題担当大統領補佐官、ティラーソン国務長官、ポンペオCIA長官、ダンフォード統合参謀本部議長、さらに最近任命されたケリー大統領首席補佐官(元海兵隊大将)という強力布陣になった。特にケリーはトランプへの情報統制を担うこととなり、大統領の家族といえども好き勝手に影響力を及ぼすことができなくなった。

「国連制裁決議」の舞台裏

米軍が北朝鮮を攻撃できない理由を挙げるのは簡単だ。もし、軍事的行動に出た場合、韓国本土に及ぼす被害が大きすぎるのだ。これはクリントン、ブッシュ、オバマ大統領の一致した見解だった。ソウルは38度線からわずか35マイル。北朝鮮の通常兵器は旧ソ連製とはいえ、地上軍の7割以上が、国境の非武装地帯(DMZ)から90マイル以内に配備されている。数千の大砲が韓国向けに配置されており、数千トンの化学兵器も保有している。地下のトンネルやミニサブ(小型潜水艦)を使って特殊部隊が韓国内に侵入し、主要施設を叩く機動力もある。

しかしアメリカ・ファーストを掲げるトランプは、北朝鮮が米国本土に届くICBMを保有し、核兵器の小型化・弾道化を進める現状を許さない。米国が北朝鮮と向き合う手段は「交渉」「制裁」「軍事」の3段階ある。現状は予断を許さない。「多くの人が北朝鮮への軍事攻撃は想定外というが、北の核ミサイルに対抗する軍事的行動に出ることは想像の範囲内だ。私が想像できないのは、米本土に届く核ミサイルを北朝鮮が持つのを認めることだ」と、ダンフォードは言う。

実際、米軍の軍事的シナリオは12種類ある。あくまでも計画段階だが、北が発射したミサイルの迎撃、冷酷な独裁者・金正恩の暗殺、中国を動かし、北朝鮮軍の一部による金正恩の排除、北朝鮮がICBM発射後、米韓両軍が日本のサポートを得て北朝鮮との戦争に踏み切るといった可能性が議論されている。

北朝鮮を打ち負かすのは容易でない。先制攻撃で核兵器を破壊し、日韓両国と駐留米軍への反撃能力を最小限に押さえなければならない。その作戦計画には相当の時間を要する。「戦争はあまりに大きな代償を伴う。あらゆる手段を使って金正恩に圧力をかけ、非核化が最善の策だと、彼に思わせなければならない」とマクマスターは言う。

北朝鮮への経済制裁が効くには、圧倒的な影響力を持つ中国の協力が不可欠だ。しかし、中国は大きなダメージを与える制裁には反対である。北を追い詰めすぎて、政権が崩壊したら元も子もないからだ。大量の難民が鴨緑江を越えて中国東北部に押し寄せる事態を防がなければならないし、朝鮮半島全域に米軍が進駐する事態は悪夢だ。

トランプは習近平に制裁発動を求めたが、思うほどの成果を得られなかった。ところが、8月5日、中国とロシアは拒否権を行使せず、国連安全保障理事会は制裁決議を全会一致で採択した。

国連決議の成立の裏には7月5日に行われた前回の国連安全保障理事会から1カ月続いた米中間の厳しい折衝があった。北朝鮮との対話を進めようとする中国に対して、米国は貿易上の圧力をかけ、北朝鮮とのビジネスを継続している中国企業を排除する強硬策に出た。

中国が軟化したもう一つのポイントは核の拡散である。もとより中国も朝鮮半島の非核化を望んでいる。仮に北朝鮮が核ミサイルを保有したら、韓国も核兵器配備に突き進む可能性がある。そうなれば、日本も核武装に走るだろう。「中国も核保有国に囲まれたくはないはずだ。米国と協力して北朝鮮の非核化へと舵を切るべきだ」とマクマスターは主張してきた。これが中国とロシアの合意を引き出す重要な交渉カードになった。

しかし、金正恩が大人しくなるとは思えない。リビアのカダフィ大佐が核兵器開発の全面破棄を受け入れた後、空爆に追われ銃撃により命を落としたことを、独裁者は忘れない。カダフィが死んだのが11年10月、金正恩が亡父金正日の後を継いだのは同年12月だ。「反米」で意気投合した同志の哀れな末路を見て金正恩は学習したはずだ。世界最強の米国を交渉に引き出すには核兵器の保有しかないと。

半島有事に備える中国

戦いの準備は着々と進んでいる。米国は陸海空軍のコマンド部隊(特殊精鋭部隊)の朝鮮半島派遣を発表した。彼らの任務は、北朝鮮の核・化学兵器の位置を把握し、弾道ミサイルを発射させないようにすることだ。金正恩や側近らの命を狙うこともあり得る。韓国内にいる2万8千人の米軍の兵士をさらに増強する計画もある。オペレーション・プラン5015では、ネイビー・シールズ(米海軍特殊部隊)が韓国と共同で「斬首作戦」の訓練を行った。そして韓国はTHAAD(高高度ミサイル防衛システム)の配備を承認した。THAADは北朝鮮だけでなく中国の弾道ミサイルを迎撃できる性能を持つため、中国が最も嫌う装備である。対中貿易で潤っている韓国にとっては大きな決断であった。もちろん日米間の協調関係も深まっている。何より大切なことは米国のこの地域に対するコミットメントは揺るぎないということだ。

もちろん中国も手を拱いているわけではない。北朝鮮との1400㎞に及ぶ国境線を強化するため、他の地域からも兵力を集めている。北との国境で予想される混乱に備えるだけでなく、米軍の軍事行動が始まった時の備えにもなる。中国にとって北朝鮮は、韓国駐留米軍との緩衝国として重要だったが、闇雲にミサイルを発射する独裁者は、中国にとっても厄介である。中国が庇護していた金正男が暗殺された経緯もある。朝鮮半島情勢は緊迫し、流動的だ。

著者プロフィール
ポール・ゴールドスタイン

ポール・ゴールドスタイン

 1970年代から戦略諜報分析や諜報機関の仕事に携わり、現在はパシフィック・テック・ブリッジ社(PTB)代表。独自のニュースソースと的確な情勢分析に定評があり、早くからトランプ大統領誕生を予測し、注目を浴びた。

   

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