「自共結託」西尾市PFI潰しの代償

反対派市長の当選で総額198億円の公共施設整備が暗礁に。契約解除なら大出血。

2017年11月号 LIFE
by 千葉利宏(ジャーナリスト)

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PFI事業見直しを進める西尾市の中村健市長

愛知県西尾市は昨年から、民間資金を活用し公共施設を整備する総額198億円のPFI事業を推進してきた。それが市長交代により、契約見直しの危機に陥っている。今年6月に行われた市長選挙で、PFI事業見直しを掲げた中村健氏(38)が、前職の榊原康正氏(77)を破って当選。8月にPFI事業の特定契約事業者であるエリアプラン西尾(社長・岩崎智一氏)に通知書を送りつけ、建設工事の中止を迫っているのだ。

PFIはプライベート・ファイナンス・イニシアチブ(民間資金先導)の意味で、日本でも1999年にPFI法が制定され、20年近い歴史がある。税金を使って行う通常の公共事業とは異なり、民間事業者が民間資金を調達し、民間の知恵やアイディアで公共施設を建設。施設運営も民間で行い、資金回収を終えたら国や自治体に移譲する、というのが一般的なやり方だ。

西尾市のPFI事業は、全国の地方自治体からも先進的な取り組みとして注目されていた。2011年4月に西尾市と一色町、吉良町、幡豆町が合併。人口が11万人から17万人に増える一方で、公共施設の数が2倍に増加。将来的には少子高齢化で人口減少が見込まれるなか、無駄な公共施設の再配置計画の策定に着手。3年がかりで全体計画をまとめ、第一次事業として14施設の解体、12施設の改修、5施設の新築を含む建設工事と、約160施設の30年にわたる維持管理業務をPFI事業で行うことを決めていた。

だが、発注先の民間事業者が内定し契約する直前の16年春頃から、PFI事業見直しの反対運動が活発化した。

「自共協力」裏に収納課長?

市民団体が「PFIで西尾死ぬかも!?」というサイトを開設、市主催の市民説明会などで反対運動を展開。また16年4月、地元建設業界が市にPFI反対の要望書を提出した。情報公開請求で開示された民間事業者の計画書が「黒塗り」だらけだったと新聞が報じると、市議会でも反対派議員が前市長の秘密主義を批判。予算が成立し、PFI事業がスタートした後も、契約無効の住民監査請求(棄却)や事業差し止め訴訟など反対運動が続き、今年6月の市長・市議会議員選挙へとなだれ込んだ。

ただ、この間契約や事業内容に疑惑となる事実が発覚したわけではなかった。情報開示が不十分というだけなら改めて説明すればよく、契約を見直す必要はないはずだ。

実はこの選挙では、本来なら協力するはずのない自民党系無所属議員と共産党議員が、PFI事業見直しの一点のみで協力する構図が生まれていた。それを画策したのは、選挙後に中村市長直轄のPFI事業検証プロジェクトチームのリーダーに抜擢された総務部のY収納課長といわれる。Y課長は共産党の支援団体である市職員組合の幹部。近隣自治体でもPFI事業反対運動に関わっていると囁かれる。

また、市民説明会では作業服を着た建設業界関係者の姿が多数見られたという。PFI事業のスキームでは従来のような談合ができないため、地元建設業界は当初から事業に反対だったとされる。西尾市の談合を仕切るM建設が、業界内に「事業の仕事を受けるな」と圧力をかけていたとの話も漏れ伝わる。

「本当にやりにくい選挙だった」と、榊原前市長は選挙戦を振り返る。反対派はPFI事業見直しを前面に選挙運動を展開。「特定の民間企業1社に200億円もの事業を30年にわたって発注するのはおかしいと思いませんか」との電話が、榊原氏の自宅にもかかってきたという。

反対派の推す中村氏の当選で「最大の勝因は若さ」との見方もあるが、新市長は「民意が示された」として早速PFI事業見直しに着手した。ただし、見直し対象から約160施設の維持管理業務は除外。建設工事の発注だけを見直すという。

日本PFI・PPP協会の植田和男会長兼理事長は、地方でPFI事業の普及が進まない理由を次のように語る。

「PFI事業は、民間事業者に企画・設計・建設・運営まで任せることで事業全体のライフサイクルコストを下げるのが狙いだが、第一に縦割り運営で得てきた権益を失う役所組織や地方議員がPFIに消極的。第二に発注業務を民間に任せて透明性が高まるため、地方で根強く残っている談合体制が維持できなくなり、建設業界の反発が強い。

こうした問題を回避するため多くの自治体では民間資金だけを使い、工事発注や運営は従来の公共事業と同じ方式でPFI事業を進めてきたが、これでは単に税金の後払いで地方財政の改革につながらず、このため財務省がブレーキをかけてきた」

ところが、財政の悪化で将来地方にカネが流れなくなることを見越して、政府が15年12月、一定規模以上の公共事業ではPFI方式を優先的に検討することを地方自治体に要請。西尾市は将来に備えて先頭を走っていたわけだが、自ら急ブレーキをかけたことになる。

民間は二度と引き受けない

今後、西尾市はどうなるのか。

植田氏は「事業期間中に得られる民間事業者の見込み利益も含めた違約金を自治体が払えば、PFI事業の契約の任意解除は可能」と語る。内閣府が策定したPFI法の運用ガイドラインでは、自治体の都合でPFI事業を任意解除できる規定がある。過去に任意解除の事例は稀。その一つの滋賀県野洲市は小学校の維持管理費への批判から11年、総事業費約38億円のうち消化済みの費用を除いた残り約6億円の1割以上の7千万円超を違約金として事業者に支払った。

ただ西尾市の場合、建設工事が始まったばかり。民間事業者の試算では見直し期間中に現場を維持保全するだけで月1億円近い増加費用がかかる。さらに任意解除となれば、増加費用に加えて未消化の事業費の1割として20億円近い違約金が発生する可能性がある。

特定契約事業者のエリアプラン西尾は「PFI事業に参加している民間企業の大半が西尾市民なので、無駄なことはしたくない」と語るが、契約通りに対応しなければ株主から訴訟を起こされる立場でもある。また、多額の違約金の支払いを市議会も市民も認めるだろうか。選挙後、西尾市では副市長の一人が解任され、もう一人が辞職、空席のままの異常な事態だ。

「民間事業者は任意解除した自治体から二度とPFI事業を引き受けない。契約リスクが大きすぎる」(植田氏)。今後の見直し作業を進める中で、西尾市民はその代償の大きさを知ることになる。

著者プロフィール

千葉利宏

ジャーナリスト

著書に『実家のたたみ方』(翔泳社)など

   

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