世界最大の中国自動車市場は初の前年割れが確実。2019年は「EV元年」が風前の灯。
2019年1月号 GLOBAL
「EV元年」に備えてホンダも新車を投入したが…(11月に開かれた広州モーターショー)
Photo:Jiji Press
中国経済をけん引する世界最大の自動車市場が2018年、衝撃的な結末を迎えそうだ。急成長を遂げてきた市場は一転、前年割れとなりそうなのだ。前年割れは事実上初めて。19年を「EV元年」に位置づけ、世界一のEV市場を作ろうと、中国政府は米テスラなど外資メーカーの進出をようやく許可したばかり。もくろんだシナリオは、崩れ去る可能性がある。
「18年はほぼ確実にマイナス成長になる」――。12月に入って中国の業界団体、中国汽車工業協会幹部のこんな発言が飛び出すと、業界関係者らは一様に動揺した。
中国が、まだ1年も終わっていないのに、「ほぼ確実に」という表現を使い、自国市場を悲観的に語るのは相当珍しい。「こんなに弱気になった中国を見たことがない」。ある日系大手自動車メーカー幹部も驚く。
どういうことか順を追って説明しよう。01年のWTO加盟を機に、多くの世界の大手自動車メーカーが中国に進出、モータリゼーションが巻き起こった。01年は13億人の人口に対して、市場規模はわずか200万台余り。それがたった9年間で1千万台超の市場となった。09年に世界一の自動車大国である米国をあっさりと抜き去り、17年には3千万台近くまで膨張した。勢いは18年春まで続き、市場は2ケタ前後の高い成長率を誇っていた。
ところが、米中による貿易摩擦がヒートアップしてきた7月に事態は一転する。中国の新車販売は前年同月比4%減と、久々にマイナスに転じた。その後も事態は悪化し、9月、10月はそれぞれ11%超のマイナス成長に沈んだ。
中国で大きな利益を稼ぎ出してきた日系メーカーの焦燥感は強い。17年まで絶好調だったホンダは18年、中国販売がマイナスに転じる見通し。マツダも前年割れが濃厚だ。スズキは、この巨大市場を前に泣く泣く撤退を決めたほど。
日産も中国が稼ぎ頭だが、18年の伸びは3~5%に留まる見通し。カルロス・ゴーンショックが冷めやらず、経営がごたつく中で、19年以降の中国販売は厳しくなることが確実視されている。日本の自動車産業全体に今後、中国の不調がボディーブローのように効いてくるのは間違いない。
悪い話はまだ続く。
中国は世界最大の自動車市場にはなったが、国産メーカーが育っているとは言い難い。独アウディやメルセデス、日本のレクサスなどというようなブランド車がいまだにないというのが、なによりの証拠だ。
そこで中国政府が考え付いたのがEVシフトだった。ガソリン車はモノ作りが複雑で、どう逆立ちしても欧州メーカーのような車の足回り、走りは実現できない。だが造りがシンプルなEVなら、先進国との差を一気に逆転できると読んだのだ。
中国は方針が決まると早い。まずはメディアを使って、EVシフトをあおり、時期は明確にしないもののガソリンエンジン車の販売禁止を早々にぶちあげた。日本の新聞や雑誌も17年から「中国EVシフト」をテーマにした記事や特集を連日組んだ。
米テスラのような外資EVメーカーを急遽優遇し、ルール変更してまで中国への市場参入を認めたのは、こうした流れに沿ったものだった。
この結果、中国では明日にでもEV時代が幕開けする。そんな風潮が見事に作り上げられた。3千万台近い中国の新車市場に、実はまだ70万台程度のEVしか出ていないのに、だ。
EVシフトをテコにして、中国メーカーの立場逆転を狙った中国政府は、自国メーカーのために政策面の後押しを進めた。世界に対して開放的と謳いながら、事実上、中国政府は自国メーカーに対してのみ、多額の補助金を投入し、中国メーカーのEV販売を手助けしてきた。
それによって少しは名が売れた中国企業が、BYD(比亜迪)といったメーカー群だ。例えば、1台のEVを売るのに、中国政府は百数十万円もの補助金を付けた。通常、補助金は消費者に対して出すもの。しかし中国政府は支給対象をBYDにした。本来なら高くて売れないBYDなど中国メーカーのブランドが日本でも知られるようになったのは、こうした政策が背景にあったからだ。
これだけでも結構な下駄をはかせたわけだが、それでも足りないことが分かっていた政府は新たな規制を設けた。19年から導入するNEV規制がそれ。米カリフォルニア州に導入された環境規制をほぼ真似た政策で、外資メーカーに対し、ガソリン車を中国で今後も売り続けたいなら、その販売量に応じて、EVも販売することを義務付けた。
違反したら罰金が科せられる仕組み。慌てたのは今や中国販売で生計を立てていると言ってもいい日米欧の大手有力メーカーの面々だ。
例えば日本メーカーで中国販売首位の日産なら、年間150万台のガソリン車を販売しているので、来年以降は年間10万台弱のEVを売る必要が出てくる。日産は日本で主力EVである「リーフ」を10万台売るのに8年もかかっている。NEV規制がいかに厳しいのかがよく分かるというものだろう。
強烈な宣伝工作でEVを盛り上げ、巨額の補助金で自国メーカーを育てる。その一方で、外資メーカーに技術をはき出させて中国のEV市場拡大に貢献させる――。
中国政府が描いていた青写真を根底から覆したのが18年後半の中国の自動車市場だ。貿易戦争のあおりで株価は下落し、中国人の新車購入意欲はすっかり失せてしまった。足元の市場が大きくぬかるむ中、EVシフトどころではない。
「こんな状況では、中国政府が思い描いているEVシフトは実現しそうにない。我々もどこまで本気で付き合えばいいのか、考え直す必要がある」。中国に駐在するある日系の大手メーカー幹部はそうこぼす。
トランプ政権の波状攻撃で「19年はEV元年」とした官製バブルは早くも破裂した。関連産業も含め、日本の自動車メーカーの中国市場依存度は非常に高い。中国の自動車市場の低迷は対岸の火事ではなく、もろに日本の景気に影響を及ぼすことだろう。