PSMCもびっくり仰天のスピード発進
2024年2月号 BUSINESS [リーダーに聞く!]
1951年まれ。慶大経済卒。野村證券入社。事業法人三部長など経て孫正義氏の招聘を受けソフトバンク入り。99年ソフトバンク・インベストメント(現SBIホールディングス)を設立。今日に至る。
――台湾の受託生産大手、力晶積成電子製造(PSMC)が昨年10月に宮城県進出を決め、いち早く半導体工場建設に乗り出します。
北尾 昨年3月、PSMCの創業者、ファン(黄崇仁)会長がいきなり私を訪ねて来られ、当社と協業で是非、日本に進出したいと仰る。短期間に3度ぐらいお目にかかり、食事もしました。「逆ムーアの法則」 (*ムーアの法則= 「半導体のトランジスタ集積率は18カ月で2倍になる」という経験則)を唱えるファン会長の開発方針は、実に明解でした。TSMCなどが目指す微細化(先端品市場)ではなく、既に技術が確立され、ニーズが大きい自動車、産業機械、家電向けなど国内産業に不可欠な準先端品に注力する。しかも現在、台湾で建設中の最新工場と同じ工場を日本につくるため、最大250人の半導体技術者を派遣するというのです。
――トップ会談から4カ月後に共同出資会社設立を発表しました。
北尾 ファン会長は草創期に三菱電機から技術供与を受けるなど日本と縁が深く、高い技術力があっても資金不足から経営破綻したエルピーダメモリの教訓から学んでいました。内外に強力な資金調達機能を有するSBIグループに安定的かつ長期的な金融支援の要になってもらいたかったのです。
――とにかく素早い決断でした。
北尾 天の時、地の利、人の和が揃い、絶好のタイミングだったからです。半導体分野の米中覇権競争から、台湾一極集中による地政学的リスクが高まり、政府は半導体産業を国家産業に位置づけ、TSMCやラピダスの新工場建設に莫大な助成を決めた。まさに天の時です。次に日本には高い国際シェアを持つ半導体関連産業が多く存在し、国内に自動車、バイオ、AIなどの需要家が多く、豊富な水、物流、電力インフラが充実しており、地の利もあります。
台湾3位、世界6位の半導体ファウンドリの創業者で全ての決定権を持つファンさんとトントン拍子で話が進んだのは、創業オーナー同士だからですが、スピード重視のPSMCでさえ「北尾さんは、何でこんなに早いの!」と、びっくり仰天していました。私に迷いがなかったのは、そこに「天意」を感じたからです。当社は5年がかりで地域金融機関と連携して地方創生に取り組んできましたが、残念ながら効果は限定的でした。
一方、半導体工場の誘致に手を挙げた自治体は31にのぼった。金星を射止めた宮城県の村井嘉浩知事は、台湾のファン会長の元へ出向き、自らプレゼンするなど、PSMCから「宮城は非常にスピード感があって一番熱心ですね」と言われたそうです。宮城はトヨタや東京エレクトロンの工場誘致の実績がありますが、半導体工場の投資総額は8千億円。途轍もないスケールです。日本のものづくり産業の成長には、産業のコメである半導体の再生が不可欠。「今こそ官民一体となって邁進せよ」という天意を感じたのです。
――日銀は12月の決定会合でマイナス金利解除を見送りました。
北尾 急激かつ大幅な利上げを繰り返しても力強さを保っていた米国経済も遂に曲がり角。早晩、利下げに転じそうです。米欧の金融政策の転換と向き合い、日本も異次元緩和を止めるべきです。主要国で異常なマイナス金利を続けているのは日本だけ。何が悪いといったら、日米金利差が広がる中、円相場は1990年以来の低水準になり、「実質実効為替レート」に至っては1ドル=360円当時よりも円の値打ちが下がってしまいました。日銀総裁が植田さんに代わったがどうも思い切りが悪い。消費者物価指数の上昇率は19カ月連続で2%を上回る。いつまで先送りするのでしょうか。覚悟を決める天の時ではないですか。
(聞き手/本誌編集長 宮嶋巌)