「なりたい自分になる力」育む学童クラブへ
2024年5月号 LIFE [リーダーに聞く!]
JPホールディングス社長 1973年東京生まれ。早稲田大学大学院修了。不動産会社の投資戦略部門責任者を経て独立、日本や米国で投資会社を運営。2017年マザーケアジャパン創業。18年JPホールディングス取締役、20年より現職。
JPホールディングスは保育園・学童クラブ・児童館などの施設を運営する子育て支援のリーディングカンパニーである。保育園では国内最大手だが、シェアの低かった学童クラブ(小学生対象)・児童館(高校3年生まで)の数を昨夏以降、97施設から111施設へと急速に伸ばしている。社会課題の解決をめざし、児童に向けた新プログラム「未来(あした)のドア」を導入する坂井徹社長に話を聞いた。
坂井 今年、衝撃を受けた数字が二つあります。一つ目はこの17年で子どもが3割減ったことです。新成人が106万人だったのに対し、23年の出生数は75.8万人と過去最少を更新し、子育て支援事業の将来に危機感を覚えました。二つ目は、将来の夢がない子どもたちが3割もいる事実です。23年の「小学生がなりたい職業ランキング」で1位はユーチューバー、2位は芸能人、3位は漫画家・イラストレーター・アニメーター、と夢のある職業が並びましたが、実は1位のユーチューバーより多い「隠れ1位」があるのです。スプリックス基礎学力研究所の調査で「なりたい職業はない」と答えた日本の小学生が30.6%もいました。11か国中4か国は3%以下で、中国2.9%、インドとインドネシアは1.6%、ミャンマーは1.3%と極めて低い。欧米勢はアメリカ8.1%、イギリス14.5%、フランス15.9%と高めですが、日本は2位のフランスを2倍近く引き離して断トツのワースト。愕然とする数字です。
――「なりたい職業がない」と、学校で何を学び、身に付けたらよいかわかりませんね。
坂井 そのとおりです。実際、不登校児は前年比22.1%増え、過去最多を更新しました。深刻なのが小学校低学年(1~3年生)の増加率で、前年比40%も増えました。にもかかわらず支援は行き届いておらず、22年度の不登校児のうち4割近くが専門家らの相談や支援を受けていませんでした。小中高生の自殺も過去最多の514人。20歳未満で死因のトップが自殺である国は主要先進国で日本だけです。日本の子どもたちは将来の夢がなく、学校に通う目的、もっと言えば生きる目的も見失っているのではないでしょうか。
子育て支援施設の運営を通して見えてくる現実もあります。たとえば保育園を卒園して小学1年生になり、学童に通い出したお子さんの夕食問題です。お母さんの帰宅は19時半頃になることが多いのですが、学童クラブは18時に終わり、保育園のように夕飯提供ができません。学童クラブの帰りに定食屋に寄ったり、家で一人コンビニ弁当を食べているお子さんが少なくないのです。さらに高学年になると、学童クラブを出ていかねばなりません。待機児童が多すぎて預かれる施設が足りないのです。目的意識のないまま塾通いが始まり、その上いじめに遭ってしまえば、それはもう絶望です。「僕・私のことを分かってくれる人なんて、誰もいないんだ」と。
――なぜ、日本の子どもはなりたいものがないのでしょう。
坂井 私は昨夏、なりたい職業がない子が1.6%しかいないインドネシアの小学校を回りましたが、日本との違いを目の当たりにして、まさに「目から鱗」の連続でした。もともと、ビジネス上の目的もありました。弊社には発達障害のお子さんを専門的立場からサポートする臨床心理士が多く在籍しています。彼らの知見を活かし、発達障害の療育(ケア)に役立つソフトを開発して発展途上国に輸出できないかと考えていましたが、逆に、私が様々な気づきと学びを得ることとなりました。
現地の子どもたちになりたい職業を聞くと「〇〇になりたい」と答えるのではなく、どの子も「私は先生になるんだ」「僕は消防士になる」と、断言するのです。あまりに自信満々なので、わざと意地悪く「でも、向いてなかったらどうするの」と言えば、「それはない。サイコロジストが決めてくれたから」と、目を輝かせながら言うのです。子どもたちとの対話から判明したのは、インドネシアでは多くの公立小学校に臨床心理士がいて、町や村と一緒にキャリアプログラムを提供しているという事実でした。子どもたちの性格
診断テストを行って、どういう職業に向いているかパターン分析したうえで、町や村の様々な職業の人を招いて子どもたちに話を聞かせているのです。「私たちの国は貧乏ですが、子どもたちが将来、生活をしていけるように育成しています。お金はかけられなくても、地域ぐるみで子どもたちに夢を与えることはできる」との臨床心理士の言葉に胸を打たれました。
――まさに目から鱗が落ちる体験ですね。
坂井 私は、子どもたち全員がしっかり人生を切り拓いていけるように、早いうちに可能性の芽を見つける手助けをするのは、大人の責任と考えています。学校を出て初めて世の中を知るのでは遅いです。100万人を超えた大人の引きこもりの問題も、なりたい職業がないことが一因と見ています。小学校のカリキュラムに近年「キャリア教育」が加わりましたが、まだまだ不十分と思います。
学童クラブでは勉強を教えることはできませんが、放課後の時間を使って、勉強以外のプログラムを提供することならできます。弊社の学童期における育成理念「なりたい自分になる力を育む」のもと、今年スタートするのが「未来(あした)のドア」という新しいプログラムです。学童クラブに通う子どもたちが「なりたい職業を言えるようになる」ことを目標に、全施設で毎月1回、いろんな職業の人たちをお招きしたキャリア紹介プログラムを実施していくほか、年に一度は大きな会場で多くの企業にも参加してもらい、子どもたちに夢を見つけてもらうイベントも行っていきたいと思います。
――前代未聞の取り組みですね。どのような職業を紹介していきますか。
坂井 人気の職業といえば、ゲームクリエイター、スポーツ選手、保育園の先生などが定番ですが、それぞれに子どもたちがまだ知らない関連職業がたくさんあります。たとえばゲームクリエイターになりたい子なら「CGデザイナー」「サウンドクリエイター」、あるいはスポーツ選手になりたい子には「インストラクター」「体育教師」など、関連する職業を集めて紹介することで「こんな仕事もあるんだ!」と、発見につながる機会を提供したいと考えています。
加えて、全ての施設で取り組んでいきたいのが、公の職業紹介です。どんな地域にも役所は必ずあって、福祉課、土木課、観光課など世の中の構図が凝縮されています。さまざまな課の人たちと接し、話を聞くことで、世の中の仕組みに理解・関心が高まり、公徳心も育まれると思います。同様に地元の議員にも必ずお声がけしていきます。所属政党や思想の話はせずに、議員とはどんな仕事か、日々どういった活動をしているのかを話していただきます。テレビで連日、政治の問題が報じられ、若い世代の政治不信・政治離れは深刻です。将来の夢や希望が持てなくなる要因の一つと考えています。学校で習うこととは違った政治のリアルを知ってもらい、政治参画へ意識を持ってもらえたら、政治家も子どもに対する見方が変わり、子ども寄りの政策も出てくるかもしれません。
私は、世の中はアイデアと情熱と少しの投資で大きく変えることができると考えてます。コーポレートメッセージである「すべてはこどもたちの笑顔のために」の実現をめざし、グループ一丸で、子育てをめぐる社会課題の解決に貢献していけたらと思います。
(聞き手 編集部 和田紀央)