2024年7月号 連載 [コラム:「某月風紋」]
ロンドン中心部のサウス・ケンジントン地区に1871年春に開場した「ロイヤル・アルバート・ホール」はある。英国の放送局BBCが毎年夏に主催する世界最大の音楽祭「プロムス(Proms)」の会場として知られる。
ホールの収容人数は9千人が可能で、天井の高さは40m以上にも及び、コンサートだけではなくバレーやサーカスなども開催される。プロムスに2回うち1回は3夜連続で通った。金融街・シティの西側に位置するウエスト・エンドは、劇場が立ち並ぶ。『オペラ座の怪人』を観た。
国際的な都市間の競争において、経済や環境などとともに文化は大きな要素である。都市戦略研究所が毎年発表している「世界の都市総合ランキング」(2023年版)によると、東京は3位で、ロンドンとニューヨークに続く。文化では両都市に及ばないばかりか世界で5位である。
東京は文化施設が各所に散らばっていて、ニューヨークのブロードウェーやウエスト・エンドのまとまりはみえない。
さらに歌舞伎や文楽、落語などの伝統芸能の殿堂だった、たった築58年の「国立劇場」を昨年秋に建て替えのために政府は閉鎖した。29年秋の再開の目標を掲げる。ホテルなどの施設を併設する。2度の入札を経ても建設を請け負う企業が決まらない。
演者たちは、各地のホールに散って公演を続けている。文楽公演はJR北千住駅に近い足立区文化芸術劇場で観た。「立川流落語会」は渋谷区文化総合センターで聴いた。客の入りもよいとはいえない。通い慣れない会場はやはり足が遠のこう。
文化功労者の現代美術作家の杉本博司さんは、国立劇場の建て直しについて「建白書」を発表した。正倉院を思わせる近代和風建築の一つの到達点である、と劇場を高く評価する。「美しい外観を残して建て替えの代わりに改修案を検討すべきではないか」と主張する。「私が何よりも危惧するのは、私の愛してやまない伝統芸能そのものが衰微していってしまうということ」と憤っている。
(河舟遊)